数日前まではほぼすべて破壊に使われていた力とは思えないくらい。やさしく肩を揺すられて、目を開ける。出会ったときからずっと、私をはじめ弱者に触れるときだけは優しい寧々が、やっぱり今日も腑に落ちないような表情でこちらを見下ろしていた。


「帰るよ」


 そう言われて腰を上げれば、さっさと前を歩いてゆく寧々。ネオンきらめく夜の街のなか、長い髪がふるえるように揺れて。綺麗だと感じた。数秒間だけ見とれたあと、走って追いついて手を繋げば、予想通り。今日も彼女は許してくれる。


 黒いストレートの髪をした女性が、振り被った寧々の腕を掴んでから、数日。寧々は手を繋ぐことを許し、そうして壊すことを躊躇うようになった。絡んでくる下衆サンたちは容赦なく叩きのめすし、凜と歩く姿は変わらないけれど。

 そうしてそんな変化が、本人は腑に落ちないようで。

 繋いだ手を予告なしにブンと振ると、まるで子供のような行為に呆れたような表情がこちらを向いた。きっと私は小さな頃から、寧々の疲れたカオにも惹かれているのだ。微笑みで返す。


「今夜の宿はお決まりで〜?」

「アンタん家よ、決まってんでしょ」

「ん、りょーかい!じゃあゴハン買って帰ろ」


 ちかちか。ゲームセンターの無粋な光が目にうるさい。うまく繋ぐことのできた手を引いて、このまま騒がしい夜の街を駆け抜けてゆけたらと思う。

 寧々が破壊行為をしなくなったり、正しく暴力を振るうようになったり。そういった素晴らしい変化を止めるつもりはないけれど。きっとその変化の先は、寧々が本当に帰る先は、私が住める世界からは遠いところだから。

 そうなる前に。離される前に。腕を引いて、連れ去ってしまいたい。どこに身体を休めるのかなんて決めずに、二人きりの夜の街へ。手を繋いで。


 こわすために使われる力。ぎゅっと、今までにないくらい強く手を握られて、見上げたけれど、まっすぐに背を伸ばして前を向いた寧々の表情は窺えなかった。


「…そのときは、」

「ねね?」

「アンタも、連れてくから」


 ねねちゃん。大森さん。ねねちゃん。寧々。呼んだ名前の数は、きっと追い越されることなどない。黒髪の彼女の元へ行ったとしても。積み重ねてきた年月は、わたしがいちばん。

 そうはっきりと理解しているのに。安心するための材料はすべて揃っているはずなのに。隣を歩く寧々が再び手に力を込めた瞬間、涙は頬を転がりおちて。何に対しての涙なのかも解らないのにただひたすら泣きじゃくっている私を、寧々が呆れたように慰める。夜の街、ネオンぼやけて。

 こんど彼女に出会えたら、黒髪の彼女に出会えたら。だれより、寧々よりも先にありがとうと言おう。そう決めて、目を閉じた。








(どこへ行っても、あなただけ)






120731
葵姐さんに助けられる前の、ふたりきりの昔のおはなし。
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