いつからだろう。何日何ヶ月何年も隠しつづけてきたことを、黒崎にだけはすべて話してしまえるようになったのは。私の心に棲みつくどうしようもないものの話を、黒崎が聞いてくれるようになったのは。







 あの子が好きだ。ずっと。かがやかしくて、うつくしくてかわいい。名前を聞く前から好きで、名前を聞いたあとはもっと好きで。今やその幼い感情を忘れるくらいに愛しくて。

 でもあの子はきっと、私を同じ感情で見つめることはしない。叶わないことだと知っても。いったん生まれてしまったこの思いが最早どうにもできないということは、事実として存在しつづけるのだ。



 黒崎はいつも何も言わずに、私の髪を撫でる。彼特有のこの慰め方が一番ここちよくて、だから私は黒崎にすべて話してしまうのだろうと解る。きみをすきになれたらいいのにね。たわむれにそう言うと、すべて分かっている黒崎は丁重にお断りをした。ねえきみは、本当に優しい。


 諦めるとか、次を探すとか。そういうものではないのだ。ではどういうものか。自分でもはっきりとは説明できないものを、なぜか黒崎は理解している。わかっていなければ、こんな風に上手に私を慰めるなんて、できるワケがない。

 黙ったまま、黒崎は髪を撫でる。今日の昼休み、あの子が結ってくれた私の髪。それはとても奇麗で。あの子が背後にいるあいだ、わたしは緊張してしまってずっと手を握りしめていたし、終わったら終わったで私を見つめるあの子の達成感あふれる目によって心臓が壊されてしまいそうだったけれど。

 このままあの子の作品として生きてゆけたらと。そんなことを願ってしまえばまた、そうは生きてゆかれない現実が見えてどうしようもない気持ちになって、こうして私は黒崎に甘えてしまっているのだ。


「くろさき」

「ん?」

「ほどいて」


 え?戸惑う黒崎が、手を止める。優しいね、きみは。私が本当はそんなこと望んでなどいないことをちゃんと知っている。でもね、酷なように思うけれど、これはきみにしかできない仕事なのだ。


「いいのかよ、せっかく結ってもらえたんだろ」

「いいよ、はやく」


 目を閉じて待っていると、黒崎がまた髪を撫ではじめる。きみ、やさしすぎるのは罪だ。一思いにやってくれなければ、私はいつまでも、あの子の作品に成りたがった馬鹿な自分のまま。記憶はもとより、感触や音すら。忘れられやしない。


 頭を撫でる黒崎の手に手を重ねて誘導すると、ずるい自分に吐き気がした。

 ごめんね。私が弱いばかりに。重たくて暗い濁流のなかに、きみは今まさに取り込まれんとしているのだ。そうして私は、そんな自分のことを、制御できないのだよ。


「好きだ」


 ごめんね、くろさき。そう言って、結い髪を乱そうとしたそのとき。聞こえた黒崎の声は、ひどく苦しそうで。これは私のせいなのだと。解るから、私も苦しくなって。見上げると、久しぶりに視線のあった黒崎は、やはり切ない表情をしていた。

 ああ。どうしてきみは、私なんかに巻き込まれてしまったのだろうね。


「好き、なんだろ」

「うん」

「なら、否定ばっかすんなよ」

「うん、でもね、黒崎」

「すきなんだろ?」

「…うん」


 黒崎があまりに、私の心を見透かすから。身体のなかでは行き場のなくなった涙が、ぽろぽろと頬を滑り落ちる。見ないフリをする黒崎。ねえ本当に。きみを好きになれたら、私は幸せだったのだろうなあ。たとえ受け入れてもらえなくても、次に進んでゆけるような恋を。きみとなら、できたのだろうな。

 ああほんと。なんで私、こんな厄介なんだろ。


「オマエだからだろ」

「っはは…、ひどい」

「そっちこそ」


 あの子の繊細な指とは掛け離れている黒崎の骨張った指が、髪を梳く。けれどやはり私の心に棲みつくどうしようもないものは、その色を薄めることすらできなかった。








120715
(ごめんね、でもこれからもそばにいて)
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