何年ものあいだ埃を被っていたゲーム機が、まだ奇怪な悲鳴を上げている。小学校低学年くらいのときに新世代にバトンタッチしてからずっと押し入れに眠っていたそれを、突然やりたいと言い出したこの人の思考もよく解らないけれど。
それ以上に、というかそれ含めて、わたしにはこの人がわけわからん。です。
◇
単なる故障とは思えない音とリズムで呻いているゲーム機を古いテレビの要領で容赦なく叩いている男鹿くんに、再び話し掛ける。
そう。当事者である私だって確信が持てなくなっていたし、いまこの場に現れたばかりの人なら尚更信じることなどできないだろうけれど。
わたしは今からほんの数分前、ゲーム機虐待に目下夢中のこのひとに、人生初めての告白をしたのだった。
うむ、おそらくそのはずだ。
振り向いた男鹿くんの至極暢気な表情に頭を痛めながら、自らの根気だけを頼りにこの状況を打破する糸口を探す。
「あのですね男鹿くん」
「おう。だからなんだよ」
「たぶん男鹿くんの思ってる“好き”と、私のそれとは少し違うと思うんだけど…」
「む。違わねーぞ」
きっかけを欠片も見つけ出せなかったあまりの無念さにそっと目を伏せた先にあった男鹿くんの胸元で、赤い花が揺れる。卒業式のあともあれほどケンカしたのに、取れていないとは。今日の不良サンたちも小物ばかりだったみたいだな。
とうぜん自分の胸元にもついたままになっている赤い花を、触るとちゃちな音で鳴く。中学校の卒業式なんて、所詮そんなものなのかもしれない。
そうしてそんなものに託けて心を決め、告白し、もらった返事はまるで日常会話のような「あ、オレも」。それできっと昔のまま。うおわ、なんか泣けてきた。
立ち上がり、泣いているようには決して見えないように卒業証書の筒を無意味に開け閉めしてスポンスポン言わせていると、にわかに、ゲーム機が叫ぶのをやめた。小学生の頃からずっと憧れていたひとの声だけが、耳にスッと入り込んでくる。
「あれだろ、つまり…、将来ケッコンするとか家族つくるとか、そーいう意味の好きだろ?」
振り向くと、男鹿くんは既にカセットを回復したばかりのゲーム機に差し込んでいて。なかなか正常には働いてくれないそれに息を吹き掛けては差し直すを繰り返しながら、わたしの言ったこともどうやら、考えてくれているらしい。
こちらを向いた男鹿くんが、首を傾げる。
「む?オマエが言ってるのって、そういうコトじゃねーの?それならオレも一緒なんだが……あ、ついた」
頭が展開に追いついたときには既に後頭部になっていた男鹿くんの向こう側で、なつかしいドット絵がちらついている。懐かしい音楽をとらえる耳も、卒業証書を握る手も、それもこれもあれも、なんだかすべてがぼんやりして。
そんな私にそのとき出来たことと言えば、いつものようにごく自然に渡された埃まみれのコントローラーを、好きなひとのとなりで記憶を頼りに操作することだけだった。
(おー。覚えてるもんだな)
(そ、そーですね)
(そこのザコ食い止めとけよ、こっちからビームうつから)
(え?……えええちょっと待って!それじゃ私が)
(必殺!まるこげビーム!)
(…楽しそうだなくっそ!)
(おいてめー応戦すんな。危ねーだろーが)
(どの口が。てか私たち4月から高校生…)
(ん?それがどーかしたか?)
(ウウン、何でもない……)
120310