書類から慎重に筆を浮かせて、ふうと息を吐く。朝から切り崩していた山が、ようやく平坦になってくれた。さほど根気の要る書類でもなかったけれど、やはり量があると疲れてしまう。 「おつかれさまです」 「あ。ありがとうございます〜」 気の利く部下が机に置いてくれた温かい湯飲みを両手で持ち、ゆっくりと口に運ぶ。熱いけれど、とてもおいしい。こんど上手なお茶の淹れ方を教えてもらおう。 なにげなく辺りに視線を巡らせてから、立ち上がって本棚へ向かう。忙しそうな人もいないし、書類が終わればさしてすることもないのだから、蔵書の整理でもしようと思ったのだ。暇を潰していればそのうちにまた山ができる。 入口付近に設置された本棚はやはり朝からの激しい出し入れにより無秩序状態と成り果てている。どこから手をつけていいものか迷うけれど、たまに図書館から借りてきた本が紛れ込んでいることがあるから、まずはそれを点検。 「!あ」 「…ちょうどよかった」 さっそく見つかった場違いの本を取り出して返却期日を確認しているところに、馴染みの足音が聞こえてきて、背筋が伸びる。 古びた手帳に鉛筆を押し付けている弟はきっと今は副隊長ではなく、編集長なのだろう。なにかのついでに寄ってくれたのだろうか。 覗きこんだ弟が私の暇を確認してから手招きをし、執務室から出す。仕事の用事ではないらしい。 「朝言い忘れてたんだが、今日は隊舎に帰る。後輩と約束があってな」 「そっか。朝から約束が分かってたということは、吉良副隊長?」 「よく分かるな」 「だって阿散井副隊長なら偶然会ってその場で約束するでしょ。雛森副隊長なら修ちゃんの顔がもっとゆるんでる」 「ゆるんでるって…」 落ち込む弟に触りたくなって、周囲の確認もせずに胸板に触る。ときたま、唐突にこうしたくなることがある。弟はあたたかいだけでなく、ちょうどいい温度をしているから。肌に馴染む温度。私はこの体温が好きだ。 調子に乗って抱き着こうとすると仕事場だと弟が怒ったので、やめてあげた。怒っても怖くないけれど。 「飲み過ぎないようにね」 「吉良が弱いからな。俺まで酔ったら収拾つかなくなる」 「よわいんだ吉良副隊長」 いつもシッカリしている吉良副隊長が顔を赤くしてへべれけになっている様子を思い浮かべると、実物を見てみたい気分になる。まだまともに話したこともないけれど。 くすくす笑っている私の頭を弟が優しく撫でる。もう戻らなければならない時間らしい。残念だけれど仕方ないことだ。暇つぶしをしている私とは違い、副隊長サマには暇がない。 残りの仕事がんばって、と激励を込めて握りこぶしを作ると、同じようにした弟の握りこぶしとぶつかった。弟が、笑う。 111001 |