押し入れの奥には、弟がお給料で買ってきてくれたふかふかの分厚い布団がある。でも私はいつもそれを使うことはせず、昔から使っている薄っぺらくて畳の目の数も分かるほどの布団を床に広げる。 その理由を、不可解だと首を傾げる弟に言葉で教えたことはない。 ついたての下の僅かな隙間に手を差し入れ、向こう側の畳をばしばしと叩く。すると弟は眠たそうな声で唸って、しずかにしろと言う言葉の代わりに騒がしい私の手を掴んだ。その体温に安心して、素直に大人しくなってあげる。 ふかふかの布団と一緒に弟が出してきた衝立が、私はきらいだ。昔は同じ布団のなかでくっつきあって寝ていた私たちを、はっきり分断したもの。 互いの湯たんぽがなくなったぶんを補うためか弟は分厚い布団を買ってきてくれたけれど、そんなものはなんの代わりにもならない。私の湯たんぽは弟だけなのだ。 ちいさいころからずっと一緒にいるはずの弟が何故いきなりそんなことをしだしたのか。私は分かっているけれど受け入れる気にはなれない。だからこうして、行動だけで騒がしく抵抗してみるのだ。 いつか冷えた私が心配になって、優しい弟が同じ布団に帰ってきてくれるまで。この抵抗は諦めずに続けるつもりでいる。 「明日は、」 私の手を握ったままの弟がぽつりと話し出して、まだ起きていたのかと嬉しくなる。いつもは私が大人しくなるのが分かったらすぐに眠ってしまうのに。 「朝から雨らしいな」 「そうなんだ。やった」 「なんで喜んでんだ」 「だって修ちゃんと相合い傘出勤ができるでしょ」 ついたて越しに、呆れたような笑い声。わたしは弟が笑うときの声や息の出し方が好きだ。もちろん表情も好きなのだけれど、こうして仕切りがあっても分かる弟の姿に、私はどうしようもなく嬉しくなるのだ。 「しょうがねえな」 しょうがないから相合い傘してやるよ、なのか、はたまた、オマエはしょうがねえくらい俺のこと好きだよな、なのか。どちらの一部なのかは判別が付かないけれど、どちらも良い。わたしはしょうがないやつなのだ。 へへへ、と笑ってみると、触れていただけの手に、あちらから指が絡んでくる。おどろいたけれど引くことなんて考えもせずに、じっとしていると、弟が珍しくうれしそうにしているのを肌が感じた。 110930 |