すきなひとができた織り姫は機を織らなくなり、すきなひとができた彦星は牛を追わなくなった。

 そんな昔話があるように、夢中になるものができると人は自分のすべき仕事を忘れてしまうものなのだろうか。すきなものだけに夢中になって、そのことしか頭のなかに置いておけなくなって。結果、周りを困らせることになる。


 じゃがいもに包丁を落とす、その音と同時に決意する。それが、周りを困らせてしまうようなことならば。

 わたしは、ぜったいにそんな風にはならない。


「オイ、それ肉じゃが作るんだよな?」

「うん、そうだよ〜。おいしく作るから待っててね」


 後ろから覗きこんできた弟から、せっけんの匂いがする。頭からぎゅうっと抱きしめたい気分にさせられる匂いだ。あとでしよう。じゃがいもを乗せたまな板を持ち上げ、鍋に投入しようとして、手を止める。


「あれ、じゃがいもが…」

「小さいな」

「なんでかな」

「姉さんが切ったからじゃねえの」


 俎上に張り付いているじゃがいもは何がどうなったのか細切れで、どう見ても肉じゃがに使うかたちではない。いさぎよく諦めて投入し、何もなかったかのように工程を踏みながら、溜め息を落とした。

 夢中になれば、それのことしか考えられなくなって。結果まわりのひとに迷惑をかける。そんなことにはならないように頑張ろうと、たったいま決意したのに。


 ちらりと振り向き、居間で髪を乾かしている弟のもっと奥。家中で最も安全な場所で翔を抱えている鶴は、私の失敗の根本原因だ。

 一週間振りに同じ家に帰る約束をした弟が、姉さんにと買ってきてくれた硝子細工の鶴。ほんとうはもっと似合いそうなのがいたのだけれど、それは他に飼い主がいたから。だから似たようなの探してきた。そう説明して弟が渡してくれた鶴は、まるでどこかで見たことがあってずっと大切にしていたような、そんな色ばかりで彩られていて、何故だか切なげな表情で自分の翔を抱えている。


「姉さん、やっぱりそこ座っててくれ」


 つい見とれていると、いつのまにか近くにきていた弟が火を消す。見ると細切れのじゃがいもや玉葱の姿はすでに消えていて、肉がグツグツと踊っていた。またやってしまった。

 言われたとおりにおとなしく椅子に座り、なんとか補おうと頑張っている弟を観察する。料理に関しても弟の方が何倍も上手だ。

「ごめんね修ちゃん」

「いや。気にすんな。もう慣れた」


 鶴を安全な場所に置いて夕食を作りはじめてからしでかした数々の失敗は、弟におかしな免疫をつけてしまったらしい。たいせつなひとを困らせる。

 でも弟は、天帝のように鶴と私を引き離したりはしないし、怒りもしない。それはなんだかまるで、弟がここに帰ってきてくれる理由のようだと思って。何故だか急に、咽の奥が痛んだ。









(姉さん、ご飯たの…まない)
(えっ、いいよ、よそうよ?)
(イヤ、いい。今日はやめといてくれ)



111003
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