この時間に学校から出るというのは、そこはかとない背徳感があって悪くない。まだ下靴ばかりが並ぶ下駄箱に上靴を押し込んで、通学用の靴を雑に落とす。どちらも横向き。明日は曇りと雪らしい。あーした天気になあれ。


「明日雪降るの。やだねえ」

「あれ、小川くん」


 だらしなく転がった私の靴を見て、面倒くさそうな顔をする小川くん。五限の始まりを告げるチャイムが響く。真面目な生徒がぱたぱたと走っていった。小川くんは下靴に履き変えている。


「お帰りですか」

「月水も?」

「うん。サボりじゃなくて早退ですけどね」


 一緒に昇降口を出て、流れのまま帰り道を歩く。今日の残りの授業は化学と数学で、つまり小川くんが好まない教科だけらしい。そんなことを言ったら家庭科のない日は学校に来ないんじゃないだろうかと考えて、事実そうだったと納得した。最近は頑張っているようだけれど。

 隣を歩く小川くんは寒そうにマフラーに顔を埋めている。その歩調はゆるやかで、普段は早足の私もついついゆっくり歩きになってしまう。

 何気なく見上げた雲は、おいしそうな楕円型にふんわりと尖った耳がふたつ生えて。


「ねこだ」

「え?」

「あれ。あの雲」


 猫のかたちしてない?私が見ていた雲と同じものを人差し指で示して、マフラーの奥で口許を緩める小川くん。

 その手を握ってみたのは、同類同士の友好の証ということにした。手袋越しのもどかしい感覚と、体温。

 いきなりの接近にすこし驚きはしながらもそのままにしてくれた小川くんは、私を幼子だとでも思っているのかもしれない。それで、いい。拒まれないなら、それで。



「あっくんが猫、すきでね」

「そうなんだ。達者でやってる?」

「うん、達者達者」


 口喧嘩は目下修行中だけどね。喧嘩とかするんだあっくん。ウン、虎太郎と。え、ふたり仲いいの。みたいだねえ。

 会話をするたびに、白い息が生まれては冬空に馴染んでいく。これは、本当に雪が降るかもしれない。どこもかしこもまっしろになったこの町で真っ赤な頬をして笑う幼子の姿を思い浮かべると、心臓のあたりにやわらかい熱がうまれた。







(月水って手おおきいね)
(そりゃ、あっくんと比べたらねえ)
(でも、収まりが良い)
(収まりって…)



110911



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