鞄から引き当てた飴は、今日はイチゴ味。うむ、まずまずの運勢である。なんて毎朝恒例の無意味な一人占いをしてから本を取り出すと、机の前側の端に第一関節までの指が8本、並んでいるのが見えた。


「……オハヨウ佐藤クン」

「おはよー!」


 引っ込めていた頭をまるでもぐらたたきのように飛び出させた彼の笑顔は今日も眩しい。今日も寒いね!ウンそうだね。

 さすがに叩けはしない頭を代わりに撫でてみると、猫のように丸い目がこちらを見上げる。

 周りを見回すと、どうやらまだ彼の友人たちは登校してきていないみたいだ。だから構ってということか。ワンコか。

 気がつくと先程から例えが動物ばかりである。佐藤くんだから仕方ない。


「そういえばコタローくんどうかしたのかい」

「あ、聞こえてた?」

「微笑ましくてなにより」


 隣の椅子を引きずってきて話をする体勢になった佐藤くんの口から、長い溜め息がもれる。

 彼の家と私の家はお隣りさん同士で、一緒に帰ったりするほど仲がいいワケではなくとも家族構成は当然のように知っている。五人きょうだいの一番下の虎太郎くんは元気有り余るちびっ子だ。そんなことを言ったら怒られるかもしれないけれど。

 そんな虎太郎くんが今朝、また佐藤家に台風を巻き起こしていたらしい。いやあ賑やかだった。



「いや、昨日までは行けるって張り切ってたんだけどさー。今朝になってぐずるぐずる」

「そりゃあの年で歯医者は怖いですよお兄さん。私だって怖いもの」

「おれだって。だから虎太郎の気持ちも解らなくはないんだけどさー」


 余程振り回されたのだろう。はああ、と彼には似合わない溜め息を吐いて私の机に貼り付いてしまった立派なお兄ちゃんを、ヨシヨシしてあげる。

 そこに、気配。悲しみのなかで揺らめいている佐藤くんを不機嫌そうに見下ろした鈴木くんが、なにこれ、と呟いた。


「世話焼きの兄特有の苦悩というところでしょうか」

「また弟が何かしたの」

「らしいですよ」


 鈴木くんの背後からふらりと現れた小川くんが、前の席に鞄を下ろす。

 ああそうか、なにやら皆さんが一斉に近付いてくると思ったら。この間の席替えで、彼らの集合場所である小川くんの席が私の前になったんだった。

 これからは賑やかになるなあ。嬉しいような気まずいような、絶妙な気持ちで窓の外を見ているうちに、彼らはいつの間にやら小川くんの持ってきたアップルパイに夢中になっている。あ、おいしそう。

 ほんわりと漂ってきた林檎の香りを我慢すべく、鞄からもうひとつ飴を取り出すことにした。











(家庭科室のレンジで温めよっか)
(冷たくても食える)
(じゃーおれ温めてこよっと!いってきまーす)
(え、ちょ、君らおれのぶん考えてる…?)



110911

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