まるで揺りかごのような温もりのなかで目を覚ますと、はねた黒髪が視界を遮った。漫画の表紙では彼の髪は黒になったり焦げ茶になったりしていて、いったいどっちなんだと不思議に思っていたけれど、どうやら限りなく黒に近い焦げ茶らしい。 ほんのりミルクの匂いのする背中。すこし視線を上にずらすと、頭の上にはベル坊が乗っていた。成程まるだし。撫でたくなるオシリである。 「お、復活したか」 「んー。貴之は?」 「保健室開いてるか見に行った」 「え、鍵かかってんの?」 「普段使わねえからな」 「…保健室が開いてないって、さすが石矢魔」 普段より目線が高いことが楽しいのか、ベル坊がゴキゲンな様子で歌っている。なんとなく、リズムに合わせて両足を揺らしてみた。ベル坊ばかりか今は男子高校生の私がどれだけ背中で暴れたところで、男鹿はふらつきもしない。よく解っていたけれど、やはりたくましい身体をしているようだ。 「ヒカリくんもこうしてよく男鹿におんぶしてもらってたの?」 「む、何だ他人事みてーに」 「ん、そこはもういーや。何かさ、おんぶ慣れてるよね。上手」 「オマエがよくぶっ倒れるからな。その度に背負わされてれば慣れる」 「はは、お世話になります」 男鹿の背中は広くて温かくて、落ち着く。ヒカリくんもこの温もりを好いていたのだろうか。わたしが彼に尋ねることはきっとできないだろうけれど。互いに似ているから成り代わったのだとしたら、きっと彼もこの背中に頬をくっつけて、秘やかに笑ったのだろう。 もう復活したのだから保健室なんて行かなくていいし、そもそも夢のなかでまで白いベッドに寝たくはない。けれど、この安らぎが得られるのならばわざわざ断る理由もないかな。ガララとドアの開く音がする。 「あ、男鹿。ベル坊ぶつけないように気をつけ」 ゴンッ。慣れているだろうけれど一応忠告しておこうと言った言葉は、どうやらワンテンポ遅かったらしい。すごい音がした。痛かったろう。慰めたかったけれど、とりあえず保健室内から飛んできた貴之の指示に従って即座に背中から下りることにした。 「ビェェエエン!!!」 「ぎゃあああぁぁあ!!!!」 まさかこのお決まり展開を生で拝むことができるとは。十歩ほど離れたところで感電している男鹿を見ながら、冷静に感嘆した。借り物の身体が無事で何より。 (てめぇ…) (え、責任転嫁) |