意識が浮上すると、頭がずくりと痛んだ。鈍痛の続きとして呼吸がうまくできなくなったときのためにと常に枕元に吊り下げてあるナースコールのボタンを探すと、手はその丸みを帯びた機械に触れることはなく、どちらかと言えば角張ったものにぶつかった。

 それが落ちたのか、がしゃんと音がする。いつもならばこんな不穏な音を立てれば相部屋の誰かが様子を見に来てくれるはずだけれど、その気配もない。


 ありがたいことに鈍痛だけで留まってくれた症状を改めて深呼吸で落ち着かせ、辺りを見回すと、そこは違和感だらけだった。

 白くない寝具、引き出しのついた立派な勉強机、本棚、タンス、カード式ではないテレビ。何より仕切りはれっきとした壁であり、生成り色をしたカーテンではない。いや、仕切りとも呼ばないのかもしれない。壁だ。そこは区切られたスペースではなく、ひとつの部屋だった。


 落ちていた目覚まし時計を拾いあげる。落下の衝撃が強かったのだろう。デジタルの時計は存在しない数字を並べて止まっていた。枕元には、漫画も一緒に積んである。ここは私の病室と同じだ。魔王系不良子育てパニックマンガを読んでいたつもりが、ごはんくん?なんだこれ。

 ……ん?


「ごはんくん?」


 くるりと、再び部屋を見回す。さあ、思い出せわたし。記憶力は悪くないはずの私。魔王系子育て漫画、べるぜバブに主人公の部屋よりも先に出てくる部屋。テレビの有無は記憶に無いけれど、家具の配置、時計のかたち。

 思い立つと同時に布団から出て、全身鏡の前に立つ。深呼吸をしてからゆっくりと顔を上げる。そうして目を瞠った。

 そこにあったのは紛れも無く、昨晩読んでいた漫画の主人公の幼なじみ。古市貴之の、姿だったのだ。



「いやいやいや、ちょっと待て待とうか。夢だよこれは夢!……あー、あー…?」


 自らを落ち着かせるために声を出して気付く。どうやら姿かたちは古市貴之であっても、声は元の自分の声らしい。これはどういうことだろう。まあどうせ夢なのだろうから、雑な設定が多いことは当たり前だけれど。

 夢だと思い込めば不思議とすっきりして、頭は状況をすんなりと受けいれる。なるほど。今度の夢は、べるぜバブの世界で古市貴之に成り代わった設定らしい。というか何でわざわざ古市だ。

 どうせなら…どうせなら?あ、考えてみれば成り代わりたい人いないや。私が主要人物に成り代われば元の誰かがいなくなるということで、べるぜファンとしてそれは頂けないし。かといってモブに成り代わっても頭悪いだけで嫌だし。


 まあ、考えてみれば妥当なポジションだろうか。この間出た小説で古市はモブ扱いされてたけど頭良いし、けっこう活躍するし。扱いは酷いけれどそれも愛されているがゆえ。うむ。それでもやはり完全なる主要キャラだし、ツッコミ担当の責任は重いが、しょせん夢だし。なんとかやってゆけるかもしれない。

 水口ヒカリ改め古市貴之、いっちょがんばってみますか。


「おーいヒカリ〜今日は具合ど」

「って何で本人も居るんだこらぁぁあああ!!!!!!」

「ぶべらほっ!!??え!?え!?なに!低血圧!?俺なんかした!?」


 がちゃりとドアが開いて現れた自分そっくりの姿に、思わず飛び蹴りをかます。おお、身体が有り得ないくらい軽い。普段なら跳ねることすらままならないのに、夢万歳である。

 後ろの壁に背中を打ち付けてあらゆる痛みに悶えている人物を改めて凝視する。銀色の髪、色素の薄い肌、それなりにととのった顔、それなのに漂う残念な空気。古市貴之だ。間違いなく。

 しかし。観察を中断し、全身鏡に向かう。そこに移る自分の髪も銀色、肌の色素は薄く、顔もそれなりにととのっている。残念さは向こうが上だが、私も古市貴之だ。間違いなく。


「ったたた…どうしたんだよヒカリ?なんか今日変だぞ?」

「べるぜバブ主人公の幼なじみの…古市貴之さん?」

「え?なんでフルネーム。つかべるぜバブって何」

「わたしは?」

「え?」




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