造り花、というらしい。一生枯れることはないぶん永遠に本来のやわらかさを得ることはできない花弁が、散り落ちていた。読んでいた本を閉じ、花に触れると、ぱらぱらと砕けて粉になる。果敢無いその様に、心が忙しなく揺らいだ。 いやな予感は昔から比較的、当たりやすい方だ。共に暮らしていた者が命を落としたとき、大怪我を負ったとき。言い知れぬ不安が不意に心を襲うのだ。 痛みはじめた頭を押さえて呼んだのは何故だか、旧友の名前ではなかった。 ◇ その日、現世で何が起こったのか。そのすべてを噂話で聞いた。松葉杖を頼りにその部屋の前に辿りつけば、苦痛の表情のまま白くなった旧友と友人が、同じ色をした寝台に寝かされていた。身体の力が抜け、ずるずると壁沿いに座り込めば、部屋の隅に頭を抱えた男がいる。 ひさぎ。名前を呼べば、その男は振り向いた。いつも無駄に自信たっぷりな彼には似合わず、大きく肩を揺らして。片方だけ見えた瞳は定まらず、戸惑いにぐらぐらと揺れている。顔はカニや青鹿くんよりも真っ白だった。 ひさぎ、しっかりしろよ。口から出るままに告げるけれど、とうに色を失った唇はうすく開いたり閉じたりを繰り返すばかりで何も音を発しない。 しっかりしろ、ひさぎ。流魂街出身のきみなら分かってるだろ。死なんて日常茶飯事、どこにでも転がっている。何人も何人も、たくさんの死に様を見てきただろう。こうして綺麗に葬ってもらえることは、とても幸せなことだ。 こわれたように続けたその言葉はすべて、自分に言い聞かせているかのように聞こえた。 そうして。 「すまなかった……」 檜佐木がそう呟いたとき、すべてが壊れ、粉になったのだ。まさに先程の造り花の如く。この男と積み上げてきたものなどないに等しいはずだけれど、それが崩れるとき、耳を塞ぎたくなるほどの轟音が脳に響いた。 「護れなかった。近くにいたのに。蟹沢も、青鹿も。俺は、まもれなかった…」 「調子に乗るなよ」 煮え立つ身体から絞りだした声が、驚くほどに低い。色の亡い瞳でこちらを見る檜佐木が何を考えているのかは、解らなかった。解りたくもないと思った。 見くびってくれるな。苦しみなど、死など。死神に成ると決めた瞬間からみんな覚悟している。カニも、青鹿くんも。 腕が動くままに振り上げた杖は床に叩きつけられて大きくしなった。再度振りかぶって狙いを定めたそれは、安置室での騒ぎを聞きつけて駆け付けてきた先生に寸でのところで掴まれ、天を差したまま動かなくなった。 「調子に乗るな。檜佐木だけが、強いわけじゃない…」 「…那鳥、」 薄く開いた唇から出た私の名前の、ひどく情けない響きを鮮明に覚えている。それが、わたしたち四人が同じ空間に集う最後の日だった。 110903 |