院生がみんな去って静まり返った武道場の真ん中に、大の字で寝転がる。ちかくには誰もいない、それなのに耳はたしかに人の声を拾う。学院というこの空間に、わたしの身体はいやに馴染みがいい。

 傍らにおいていた竹刀を掴んで、仰向けのまま眺める。じんわりといたむ目を閉じ、竹刀を天界に刺すように突き出すと、なにか人が苦しむ音がした。

 おどろいて目を開けると、いいところに入ってしまったのか咳込んでいる元級友が傍らに居る。そういえばわたし、斬術だけはよく褒められたものだったっけなあ。なんて懐かしいことを思いだしながらとりあえず謝ると、怖い目で睨まれた。


「ごめんて。そう睨むなよ」


 相当お怒りなのか返事をしてくれないけれど、推測するに私が目を閉じてから竹刀を突き出すまでのあいだに、この元級友はちょうどいい位置で私を覗き込んできたらしい。副隊長でさえ予測できないほどの攻撃ができるとは、私の腕も上がったものだ。


「っはー、相変わらずだな、オマエってヤツは」

「…そりゃどうも」


 いぜん転がったままの私の隣に無断で腰をおろし、竹刀で遊びはじめる檜佐木。三本傷はあの日から、わざわざ理由を聞く気にもなれない珍妙な頬の数字は知り合った時から。たしかに変わっていない部分も窺える。でも。

 観察をやめて立ち上がり、やたらと逞しい身体の脇をすりぬけて向かった倉庫から一本の竹刀を選び取る。それをとっくに定位置についていた彼のそれと合わせると、唇が弧を描いた。なにが嬉しいのか。わたしにはてんで理解ができない。

 唯一合点がゆくのは、やはりこの男のなかに、私を敵視する感情が存在した例しはないらしいということだけだ。そうしてだからこそ、私がこの男に向ける感情には昔も今も変化が訪れないのだということ。


 目に見える刃など無いとは言え。私に君が傷つけられないと、思うのか。


「どうでもいいけどさ」

「あ?何」

「相変わらずだななんて言えるほど、きみと長く深い付き合いがあった記憶が無いんですけど」


 わたしが忘れちゃっただけかねえ。まんなかで押し合う竹刀越しに見た檜佐木の表情からは気楽な喜びが消えていただけで他には何の変化もなかったのに、そう呟いたとたん目も口もあからさまな感情を表しはじめた。

 ヤツいわく、私というものは外側こそそれなりの協調性を持ち合わせているように見えて、中身を見ればとてもじゃないけれど他人と協調なんてことはできるはずがない質らしい。だれがいつ君に中身なんて見せた。

 檜佐木の目が、溜息を落とす口に同調してほんの少しだけ伏せられる。


「そういうとこが、相変わらずだっつーんだよ」

「くたばれ」


 防具もない腹に入れた一滴の容赦もない突きに、今日も私に旗が上がった。






(っげほ、おま、二度も突くとか俺になんの恨みが…)
(一度目は檜佐木くんが勝手に突かれたんじゃないですか。二度目は勝負。恨みつらみで人傷つけたりしますか)
(うそくせえ)



110902
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テーマ「人外ファンタジー」
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