橙色が暖かい色だという認識は、わたしにとってはこれ以上ない大間違いだ。橙は、夕暮れの色。終わりに近づく淋しい色。暖かいなんてうそ。その色は、扉をとざす寸前の。


 光の洩れる場所に足を踏み入れ、一歩で止まる。彼と同じ色に染まる教室は、やはり暖かいとは言い難い雰囲気に包まれていた。一歩進み、その勢いで、もう数歩。不安定に眠る彼の背後に回る。

 そうして髪をつまみ、ポケットから取り出したハサミを鳴らしてそのほんのすこしを切り離すと、驚いた声とともに黒崎くんがこちらを向いた。おっと危ない。


「…もう、ハサミ持ってんだから気をつけてくれなきゃ。サクッといっても知らんよ」

「イヤそれ以前に何してんだよテメェ…」

「ん、本番に強い黒崎くんの髪をひとつ、受験のお守りにとね」


 用意してきた小袋に切った髪を用心して入れ、それをいつも鞄につけているお守りにおさめる。その一連の行動を、黒崎くんの怪訝な視線のなかで無事完遂した。

 ヨシ。これは効力があるぞ。神様頼みに黒崎くん頼み。あとは自分に頼むだけだ。


「てか髪って…悪趣味。呪いみてぇだな」

「祈願なんて呪いみたいなものですよ」

「イヤ違ぇだろ」


 きっぱり否定のツッコミをしたのにも拘わらず、違和感に気付いたように黙り込んでぶつぶつと考え込む黒崎くんはやはりくそ真面目な人だ。

 呪いも祈りも、どうだっていいことなのに。なにをしたってきっと、結末にはそれなりのものが訪れる。祈りも呪いも、その存在を誰ひとりとして知らなければその効力を認識してはもらえないのだから。

 夕暮れの色をおさめたお守りを両手で包み込むと、立ち上がった黒崎くんが私の隣に並び、まるで妹にするみたいに頭を撫でた。不安をその手で払い落とすような、そんなやさしい強さ。


「そんな妙なお守りに頼って落ちても、俺は責任取らねェぞ」

「大丈夫だよ。きみに全責任がふりかかるワケではないから」

「オイ、それはちょっとは降り掛かるってことか?」

「ざっと…、三分の一ほどかな。きみと神様と私で三等分」

「じゅうぶん重いっての」


 鞄を肩にかけた黒崎くんが教室を出て、わたしはわたしのすべてでそのあとを追う。彼がこんな時間まで教室をその色で染めていた理由になんて興味がないし、計画は完遂できたからもうどうだっていい。

 廊下に出て少し歩けば夕日なんてすぐにビルの向こうへ降りて。強い光を失った空はいつもどおり、しっとりとした月で夜を作り上げる。あまねく伝わるが故に完全には隠れていられない陽も、この時間ばかりはゆっくりと油断していられて。


 もういいよ、きみの好きなところでおやすみ。きみにはまた明日があるから。今日はもう、いい。そう気を張っていなくても大丈夫だ。


 うしろからそっと手を掴むと、夜の学校を怖がっているとでも思ったのか黒崎くんが兄のように笑う。ひとつ下のくせに、出過ぎた真似を。そういえば先輩と呼ばせたい願望は、結局かなわなかった。なんて後輩だ。


「お腹が空かないか黒崎くん」

「それより眠ィ」

「………」

「……なんか食うか?」



 せめて、意識が離れて力が抜けるまで。手を繋いだまま。とざされた扉に背を預け、うしろに転けてしまうまで。なにのこともだれのこともかんがえず、ここで。ねむろう。








111228

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -