クッキングシートにくっついてしまったクッキーを慎重にはがしてお皿に並べ、第三弾を天板に乗せる。予熱の冷めないうちにと直ぐにオーブンに入れて、もう指が覚えてしまった動きで設定をしていると、ダ!と元気な赤ん坊の声がした。

 振り向くと、もぐもぐと口を動かす同級生が、うま、となんの罪悪感を持つ様子もなく素直に感想を述べた。とりあえずアリガトウと返しておく。


「…じゃなくて。なに勝手につまみ食いしてんですか」

「もう一個もらうぞ」

「聞きなさい」


 自分でも作りすぎたかもしれないと思われる量のクッキーが重ねられた皿に伸ばされた手を、ペチンと叩く。麺棒を使わなかっただけ有り難いと思ってほしい。

 わるいことであることは分かっていたのか、不服そうに制止に従ってくれた男鹿くんは冷蔵庫に向かい取り出したジュースをラッパ飲みしはじめた。べつに良いけどそれ私のジュース。

 というか今更だけれど、どうしてこの男は無断で他人の家に居るのか。瞬時に思い至って窓の方を見ると、やはりカーテンが風に揺れている。靴もそこに脱ぎ捨てられている。完全に不法侵入だ。ひゃくとーばんしようかな。


 これ以上クッキーを奪われずに無事に通報を済ませる方法を真剣に考えていたところに、ちいさくて丸っこい指をくわえて切なそうにお皿を見つめていたベルくんとうっかり目があってしまう。うっ、そらせん。

 数秒の我慢の後、いたたまれなくなってクッキーをひとつ献上すると、指先になまぬるい感触があった。


「あ…!」

「ダ…!」

「ん、やっぱうま」


 差し出した高さまで首を伸ばしぱくりとクッキーを食べてしまった男鹿くんの頭のうえでベルくんがひどくショッキングな表情でかたまる。

 このまま泣かれでもしたら大惨事だ。そう頭ではいたって冷静に理解しているのに、目だけは頑固にも指先から離れてくれない。

 情けない。かりにも石矢魔の女子が。指先に唇が触れたくらいで、なにを焦ることがあるのか。しかも相手はあの男鹿辰巳だぞ。指と唇ばかりか唇と唇でも焦りそうにない男だぞ。ありえないかもしれないけれどこれは真剣に。


 オーブンの声にハッとして、焼き上がった第三弾を取り出しクッキーをはずす。ありがたいことに、漂う良い匂いでベルくんは機嫌を直してくれたらしい。よかった。

 伸びてきた手を反射的にはねのけると、男鹿くんはまるで何事もなかったかのように手を引っ込めた。しかしやはり虎視眈々と(なんて言葉は知らないだろうけれど)狙っているらしく、ベルくんとの会話があやしいくらい楽しげだ。

 隙を見てすばやくクッキーを並べた皿にすばやくクルッとラップをかけると、アダ!とまたベルくんの声。振り向くと案の定。男鹿くんがさも当然のようにもぐもぐやっている。


 うん。やっぱり無い。無いな。ダメだというのにしつこく手を出す男など。たんなる心臓の勘違いだ。麺棒と天板がそうとう痛かったのか、かがみ込んでプルプルしている男鹿くんを見下ろしながらひんやりとそう結論した。












(いいだろ別に…どーせまた暇つぶしだろーが)
(明日学校に持ってくので。葵ねえさまへの捧げ物に手出したら次は天板タテでやりますよ)
(邦枝ぁ?つーかオマエ目がヒルダみたいになってんぞ。こえー)
(だれのせいだと思ってんですか)

111226改訂

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