「嫁に来てくれないか」

「ハイかしこまりましたー…って、え?」


 安くて多くて味の濃い料理が食べられると評判のお食事処は、今日もありがたいことに繁盛している。御偉いさん方がよく好んで利用する個室にまでその賑やかさは伝わってきて、私を含め従業員は毎日毎日嬉しい悲鳴をあげるばかりである。

 こと、最小限の音を立ててお酒を机に下ろす。すると、それが合図であったかのように大きな笑い声が弾けた。


「ぶっは!なに言ってんスか先輩!!」

「阿散井、黙ってろ」


 こうも偉いひとの常連が多いと、瀞霊廷の情報は少なからず入ってくる。なるほど、このひとがつい先日常連さんが嬉しそうに話していた副隊長候補の阿散井さんか。口をポカンとあけて非常にわかりやすい驚き方で黙ってしまった彼を、情報と一致させる。

 と、無駄に冷静になったわたしに、また言葉が投げかけられてきた。力が優しすぎて気づかなかったけれど、いつのまにか手も握られている。意識すれば温かい、骨張った大きな手。


「俺は真剣だ。きみに、嫁に来て欲しい」


 ぜんぶ、ぜんぶ、隅から隅まで俺が支える。俺が君を幸せにするから。

 表現に多少のひっかかりはあれど、どうやら、聞き間違いでも何かの呪文でもなかったらしい。罰ゲームである可能性はまだ拭えないけれど。伝票に乗せたままにしていた筆先を、そっと浮かせる。


「えーと…あの。檜佐木副隊長さん?」

「副隊長は要らねえ」

「…檜佐木さん、あの、」

「奏さん。嫁に来てくれ」


 崩していた足を直し丁寧に正座をして髪を撫で付け、こちらに向かいなおす檜佐木さん。その口から出るのは、よめにきてくれの一点張り。ほんと、なにかの呪文か暗号のようだ。何が召喚されるのだろう。イヤもう召喚されたのだろうか。

 いたって真剣だと言う彼の顔は、耳まであかく染まっていて。それが先程まで飲みに飲んでいたお酒のせいだとは、分かっているけれど。

 理解はしているし慣れている。酔っ払いは機嫌を損なって厄介な騒がれ方をしないように適当にあしらって、無事に店を出てもらえばいいだけのこと。それだけのこと。


 でも。たしかに来店時と比べたら舌足らずだけれど、言葉はけっこうハッキリしているし、そうぐでんぐでんになっていらっしゃるワケでもなくて。


「奏さん」


 とどく、ひくい声。そういえば私の名前など、いつ知る機会があったのだろう。そんなどうでもいいことを考えながら、ずっと逸らされないままの目をじっと見つめる。

 修兵さん。まるで瞳にうつる自分に呼び掛けるように、口が勝手に呼びかえす。

 許されたものよりも更に接近した呼び方に、反応してみひらかれた目のなかで、色彩が泳ぐ。魅力的な目をしているとかんじた。


「どうしても、お嫁さんからじゃないといけませんか?」

「え?」


 ぱちり、瞬きする、いっきに熱の抜けた瞳。数秒経ってそれはまた思い出したかのように熱を取り戻し、頬や耳にまで赤い熱を広げて。先程は躊躇なく名前で呼んだくせに、遠慮がちに苗字を呼んで目を逸らす。

 罰ゲームだとか酔いに任せた御戯れだとか、そんなものはどうだっていい。かまわない。まちがえましたと言われたってもう、遅いのだ。







(ではいったん失礼しますね。すぐにおつまみをお持ちいたします)
(お、おう。…………阿散井、俺はいまなにを口走った。遠慮は要らん、包み隠さず今起こったすべてのことを教えてくれ)
(あ―…霞水さんに、求婚しましたね。先輩が散々悩んで念入りに調査して編み出した告白方法とか丸ごとすっ飛ばして。しかも名前まで呼んで)
(……呼び捨てか?)
(いえ、ちゃんと“さん”付けはしてましたけど…嫁に来てくれって。同じようなことを少なくとも三回は言いましたね)
(………)
(…でも霞水さん、まんざらでもないみたいだったような……先輩?せんぱーい?)
(阿散井。俺はもう…だめかもしれねぇ、イヤ駄目だ…もう駄目だ…)
(先輩!しっかり!つか吉良もいい加減起きろ!)




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