意思を持てとでも言うように、陽射しが刃を光らせる。持って、何をしろと言うのか。そんなことをして得は何もないのに。お天道さんはまったく気まぐれだ。

 ハサミを入れた先から離れてゆく乾いた髪は、風に流されることもなく地面に落下する。切る箇所を定めることが難しくなるほどでは困るけれど、すこしくらいなら風があったほうがありがたいな。

 ぽんぽん、と頭を叩くと、髪が落ちるのと同時にネズミが怪訝な顔をしたのが分かった。


「お客さん痒いところはございませんかあ」


 無視を無視して、また髪にハサミを入れる。刃物だ。用途など特に指定されているわけでもない。やろうと思えばいつだって、この無防備な頸動脈を掻き切ることもできる。そんな凶器を手にした他人を背後に置いて、こんなにも飄々としている、この、おとこ。

 ひゅ、と、咽が鳴る。こめかみを汗が伝うのが分かった。それはあまりに冷たい感覚で。自分の首に僅かな傷を残して離れた刃に、陽射しが反射しているのが見えた。意思を持って、妖しく煌めく。


「こわいな、べつに何をしようとしたワケでもないのに」

「ヒトの首に刃物突き付けといてか?」

「それは君が言えたことでもないんじゃないのかい」

「おれのは正当防衛だ」

「どこが」


 首に伝った血を指で拭って、舐める。鉄の味がした。たとえどんな環境にいても、朝でも昼でも夜でも、血の色はいつまでも赤くて、同じ味をしている。

 分かっている。なんの警戒もせずに、この男が他人に背後を取られたままでいるはずがない。そんなに無防備だったらとっくに土に埋まるかその辺で腐って虫や獣、それには人も含まれる、の餌になるかしている。それくらいは、分かっていて。

 けれど、陽射しが刃を光らせるから。意思を持てと囁くから。だから、血迷った。


「たまに、考えるよ」


 両サイドの髪の長さを確かめながら、呟く。何かで傷付けたらしく、所々に残る擦り傷を指でなぞると、ネズミは予想できていたのか何の抵抗も見せなかった。


「どうして、他人なんかに髪を切らせるヒトがいるのかってね。私ならしないね、刃物を持った他人に背後を預けるなんてさ」


 だってホラ、やろうと思えば、いつだって。

 櫛で梳き、長さの合わない髪を切り離す。軽い髪は地に落ちることはなく、どこから吹いてきたかも知れぬ生温い風に流されていった。ぱんぱん、と日頃の恨みも込めてすこし強めに肩を叩き、外した布を適当に払う。ネズミはこちらを向かなかった。返事もなかった。


「さ、前横後、すべて男前のまま仕上がりました。毎度ありがとうございます〜」


 また髪が伸びるほど生きられたらお越しくださいませ。そんな軽口を叩こうとした時間を、いとも簡単に止められる。この男の目がまっすぐに私の目と合うとき、時間は止まる。まるで互いに蓋をされていた二つの穴が重なって、そこから神経毒が流れ出しているかのようだ。


「あんたの散髪はおれ好みだからね」

「はは、考えて言ってないかい?」

「お世辞くらい考えなくても言える」


 立ち上がったネズミがイヴの顔をして、思わず後ずさった私の頭に手を乗せる。手は後頭部にすべって、引き寄せ、いつのまにか唇を塞いでいる。あざやかだ、と思う。この男の一挙手一投足、すべて鮮やかで。私は時間を止められたフリをして、絡められた舌を大切に堪能する。最後にとばかりに下唇を舐めて、小生意気な舌は引っ込められた。


「これ、散髪代で」

「おいふざけんな」

「は、口が悪いな。冗談だ」


 子供に駄賃をやるみたいに、出した手の平に指定の代金が乗せられる。その枚数を数えてから握りこんで顔を上げると、遠ざかっていく後ろ姿が見えた。短くなった髪の下に超繊維布を纏った彼が手を振って、またどこか遠いところへ行く。


 役目を終えたハサミに布を巻き付け、懐に仕舞って空を仰ぐ。太陽はまだ、誰かを血迷わせるための陽射しを送りつづけている。趣味が悪い。そんなことをするくらいなら、自分で手を下せ。ここにしか生きられない以上、きみがいなくなるのは、正直言って困るけれど。

 眩しいそれを虚勢を張るように睨みつけて、ようやくきちんと吹いてきた風に細い髪を乗せて流した。











(さて、今回はこの髪、いくらで売れるかねえ)
111211

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