枚数を口に出して数えながら、十円玉を自販機に一枚ずつ入れていく。いま九枚。あとすこしでナタデココ入りのおいしそうなジュースが買える喜びに心が浮き立つ。おっとよだれが、と口元を拭いかけた手を、止めた。


「なにみみっちいコトしてやがんだ」

「あ、姫川さん」


 見るからに高級そうな財布から当然のようにお札を抜き出したフランスパ、姫川さんが自販機の紙幣投入口に指を近付ける。


「姫川さん姫川さん」

「貧乏くせーのは見ててうっとうし…あ?」

「姫川さん、自販機に万札は使用不可です」

「……チッ」


 ガーと悪びれる様子もなく帰還してきた輝く万札を乱暴に受け取ったオボッチャンは、またその高級感漂う財布を探りはじめる。覗いてみると意外や意外、中身はあまり入っていなかった。そうかお金持ちはカードですべて事足りるのか。くっそ。


 どうやら万札以外のお金を見つけ出せなかったらしい姫川さんの機嫌が悪くなるのを傍らに、残り三枚を無事投入し終えてナタデココ入りおしるこフルーツ風味を飲む。なかなかに美味い。冗談抜きで。まずかったら古市にオススメしてあげようと思ったけれど、これは駄目だ。ヤツには勿体ない。


「姫川さんも飲みます?」

「あ?……いい。遠慮しとく」

「そーですか?」


 自販機近くに備え付けられたベンチに腰掛けると、姫川さんも隣に腰を下ろす。よくとなりにいる女の人にそうするように、いやらしく手を回したりはしない。わたしもはしたなくしな垂れかかったりは絶対にしないししたくもないけれど。


 周りに言わせれば、私の知っている姫川さんは偽物らしい。

 とーほーしんきのキであり姫川財閥のおんぞーしであり金遣いが荒い。そんな姫川さんに外見だけよく似た、私の前にしか姿を現さない姫川さんがいる。そう考えればすこし面白いけれど、周りではなく私に言わせればみんなが知っている姫川さんは、いま私のとなりで不機嫌そうに財布を弄っている姫川さんと間違いなく同一人物だ。

 偽物なんてどこにもいないのに、周りの人がどうしてそんなことを言うのか。わかる気もするけれど、それが間違っていることもたしかに解るのだから、やっぱりわからない。


「帰んねぇのかよお前。もう放課後だぞ、この暇人めが」

「姫川さんこそ。ケンカしに行かないんですか?」

「んな毎日毎日ケンカしてるワケじゃねーよ」

「そうですかねえ」


 空を見上げながら、ほんわりと。この石矢魔には似合わない光景を、ふたりで作る。つくりだす二人のうち一人がかの石矢魔4大勢力の一人だなんて、おかしなハナシだ。でもきっと誰とだって、こんなふうに作り出せる。おなじように、ゆるやかに。

 立ち上がった姫川さんのフラ、男のポリシーなるものが、やわらかそうに揺れる。


「あー…、ったく、なんかオマエといると自分が駄目になってく気がするわ」

「安心してください、もう十分ダメダメですから」

「あ?いま何つったコラ」

「ならもっと私のそばにいればいーのにって」


 空は青くて、灰色の地面からは緑色の植物が気まぐれに頑張って顔を出す。鳥も虫も鳴きたいときに鳴く。それでいいじゃないか。別に今なにをしなくちゃいけないわけでもないんだから。だらしなくていいじゃないか。

 常に気を張っているのだけが自分でもないし、ゆるいのだけが自分なワケでもない。生き物なんて感情しだいでどんなふうにでもなる。職人が関わるわけでもないんだから、ホンモノもニセモノもあるはずがないじゃないか。ねえ。


 きまぐれに掴んだ姫川さんの服が、指にこすれて離れてしまう。いろめがね越しに見られている私は今、どんな色をしているのだろうか。

 首を傾げると、姫川さんがフランスパンに支障の出ないところでがしがしと頭を掻いた。


「オマエにも、万札は使えねーよな…」

「はい?」


 鳥が鳴き、バッタが草をゆらす。両手に包んだなかなかおいしいジュースを取り上げて口をつけた姫川さんが、ひどく青い顔をした。







(てめー、よくこんなん平然と飲んでたな!ゲホッ、)
(え、おいしくないですか?それより万札の件、どういうことですか)
(…わり、それちょっとあとでな……まじできもちわりィ……)


111125

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