ちょっと長ェこと、会いにこれなくなる。と。ヤツがわたしに断ったその言葉はひどく中途半端で、ちょっとなのか長いのか、よくわからなかった。判らなかったけれど私は、そう、と返した。実際すこし、どうでもよかった。


 死神さんたちが住むあの門の向こうでそれなりに大きな騒ぎがあってから、檜佐木はすこし変わった目をするようになった。現世のものが好きで頑張り屋で変態で、そんなところは変わっていないように窺えるけれど。でも、ちがう。きっとあの騒ぎでなにか檜佐木にも、大きな変化があったのだ。


 そんなことがあって暫くした頃。普段通り休日に流魂街の私の店まで遊びにきた檜佐木が告げたあの曖昧な断り。

 会いにこれなくなる、だなんて。誤解されては困るので改めて示しておくと、別に私は檜佐木がここに来なくなろうがどうなろうが、正直どうだっていい。わたしたちは恋人でもなければそれに近い間柄でもないのだ。


 今や門の向こう側で必要不可欠な存在となっているあの男は、この広い流魂街の片隅でこぢんまりとした履物専門店を営んでいる私となんと一緒に住んでいたことがある。

 とは言ってもそれは流魂街に有りがちな毎日を生き残るための共同体で、いつも二人きりというわけではなかったのだけれど。ただ、あのころ一緒の家に住んでいたなかで、まだ生存が確認されているのはあの男と私だけだ。檜佐木があんなことを言った理由も、そんなところだろう。



 修理を終えた草履を振って不要な屑を落とし、適当なところに置いておく。あれから、何日が経っただろう。いつ取りに来るか判らないから後回しにしていたヤツの草履の修理も、いまちょうど終えてしまった。

 どうやらちょっとじゃなかったらしい。それなりに長いじゃないか、ばかひさぎ。

 おもいつくままに筆をとり、いま再生されたばかりの草履に数字を並べかけて、手を止める。否、手首を掴まれ止められた。墨が一滴、草履に落ちる。あ、と檜佐木が怒った声を出した。


「客の持ちモンに何してんだオマエは」

「だっていつまで経っても取りに来ないから。持ち主が死んじゃったらもうウチのモンでしょ」

「死んじゃってねぇよ、ばか」


 筆を硯に戻し、染みのついた草履を残念そうに受け取った檜佐木が私のとなりに腰を降ろす。あんたは店のヒトか。客なら私の正面にいろ。考えつく悪態もことごとくつまらなくなる。それもこれもヤツのせい。

 仏頂面に手を添え、さきほど草履に並べようとした数字と同じものが並ぶそこを親指で撫でてみる。この数字がないころを知っているのもきっと、生き残っているところでは私だけだ。そんなこと、どうだっていいけれど。

 そうだ。こいつが私のもとを去ろうが、生き残らなくなろうが。そんなことは、至極、どうだって。

 わたしがここに生き残っていることに、わたしが檜佐木という存在を知っていることに、この男はまったく、なんの関係もしていないのだ。


 頬から手を離し、鋭くなった檜佐木の目を覆ってやる。客が入ってきたけれど、いまはそんなの、構う気がしない。

 なあ檜佐木。


「間違っても、わたしを支えになんてするなよ」


 商売をするときよりもはっきりと告げた言葉はちゃんと届いたのか。いったん引き締まったヤツの口はあろうことかすこし緩んで、温かい手がまた手首を掴んだくせに引き離しはしなかった。

 まったくこの男は。どこへ行っても、私より下には何としてでも落ちようとしないし、けれど私より上へは決して上がれないのだ。


「お互いに、な」

「夕飯作れ、ばかひさぎ」







111110

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