ニンゲンカンサツ、というあまりよろしくない印象をもたれる趣味は。相手に自分が見ているということを知られていないからこそ楽しめるものである。

 気付かれてしまえばそこでお仕舞い。ただ視界に入ってしまっただけですよという視線の流しかたをして、また次を探すだけ。

 だからあのひとを見つけたのも、その延長で。



 マンションの屋上から見える、午前3時の夜景。明るむまでにはまだ少しある中途半端なこの時間に外に出るのが日課だった。なにかに呼ばれるとかではなく単に、目が覚めて、しかもそのまま冴えてしまうから。

 ピッキングをして屋上に上がり、まっすぐ柵に近付いて、すこしだけ右を見る。設計が同じなのだろうか、よく似たとなりのマンションの、その位置。午前3時になるとそこには黒いものが鎮座する。


 はじめこそ、それは単なる黒いモヤモヤしたもので、対する私の感想は特になかった。世の中、というか私たちニンゲンふくめ多種セイブツが毎日を過ごしているこの場所には、その黒いものも当たり前に在るものだと思っていたから。石ころがあるように。草が生えているように、花が咲いているように、当たり前に。

 でもそれは毎日見ているうちに黒いモヤモヤだけではなくなってきて、肌色や、ときにはヒトと同じかたちをした部位まで分かるようになってきた。認識、というのだろうか。

 そして今やそれは、黒い着物がよく似合う、引き締まった身体とそれなりに整った顔を持つお兄さんで。

 午前3時の屋上でそのひとを観察するのが、わたしのいまの趣味だった。



 きっとまだ、気付かれてはいない。私から見るお兄さんの向こう側にはこの時間、月が昇っていて。視線は感じていたとしてもきっと月見かなにかと勘違いしてくれているのだろう。

 たしかに月は綺麗だ。でも予想を超えては決して動かないと知っているそれより、動くかもしれないと期待できるそのひとの方を、わたしは見ていたい。


 お兄さんはあまり動かない。月を見ることも夜景を眺めることもせず、ただその特別な空間のなかでしか考えられないことがあるからそうしているだけのように見えた。そのひとの考えていることが、知りたいと思った。


 名前も素性も、なにもしらない。だからこそニンゲンカンサツというものは楽しい。すべてを空想して、勝手に憐れんで、勝手に大切にして。大丈夫だよ、と、勝手になぐさめる。

 この近い距離で見えるお兄さんもきっと、なにか大きな傷を抱えているのだろう。ずっと痛いものなのに、それを決して消さまいと大切に。面倒くさいひとだ。その傷が、周りには見えていないものだと、ちゃんと隠しおおせていると信じている。

 面倒くさいひと。自分ひとりが強くなくちゃいけないわけじゃ、ないのに。荷物は、疲れたら別にいったん降ろしてしまっても構わないのに。


 空が未明と呼ばれる時間に移りはじめる。となりのマンションにいたお兄さんは明かりの点く、携帯電話だろうか、で何かを確認してから、空を飛んだ。飛ぶというより、歩くような。見慣れたその光景は何度見てもやっぱり綺麗で、月より綺麗で。

 どこかに帰りはじめたそのひとがふと振り向き、わたしのいる空間をその鋭い目で見つめる。わたしはただ視界に入ってしまっただけですよというフリをして、ごく自然に目を逸らした。







111110

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テーマ「人外ファンタジー」
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