近づいてきたエンジン音があのひとのものだということくらいは、考えなくとも分かる。欠伸をかみころさないまま台所に向かい、コンロに火をつけた。

 会社の駐車場を出る前にでも連絡を入れてくれたら、効率よく温かい夕食が食べられるものを。また忘れていたらしい。記憶力がモノを言う仕事をしているくせに、こういうところは抜けている。そのぶん仕事はうまく行っているらしいから良いのだけれど。

 車が赤いライトで辺りを照らしながらゆっくりと車庫に入る。私もゆっくりと玄関に向かい鍵を開けると、近づいてきた足音が、はっきりした姿に変わった。おかえり、という意味の欠伸に、ただいま、という意味の苦笑が返る。


「風呂行ったのか」

「ん。で、もう寝ます。夕飯はいま温めてる」

「どうも。何があんだ?」

「白米にお魚と肉じゃがと、…あと一昨日のサラダがあるけど、もう古いから食べ切れなかったら捨てちゃって」


 変色し始めたレタスを思い出して判断したけれど、きっと彼はすべて食べきってしまうだろう。捨てたりしないために。それは何に対する優しさなのか、わたしにはよくわからない。

 サラダを捨てないことで、だれにそれが伝わって、だれが喜んでくれるというのか。何もわからないくせに。捨てられないあなたは、いったい何にやさしくしているの。ここにいるわたし以外のいったい誰が、あなたのそのどうしようもない優しさを知っているというの。


 両手を重ね合わせて、一周。測った腰はやっぱり細くて、冷たくて、いとおしいほど頼りなくて。コンロの火を消したスタークがこちらを向けば、わたしは逃げ出したくなる。そんな私をけっして捕まえたりはしないスタークだから、やっぱり、そばにいなければと思うのだ。

 ひとりにはさせないよ。あなたのことも、わたしのことも。あなたが最後まで護ると決めたものも。


 寝室に入る直前に足をとめ、呼びかけると、それがどんなに小さな声でも彼はちゃんと拾い上げてくれる。ひとりじゃ冷たいままだから、はやくご飯食べてお風呂入ってこっちに来てね。そう告げたつもりのおやすみに、スタークは片手をあげてオヤスミと返した。








(あなたが今日もここにいる。同じ言葉で、今日も伝わる)
111106

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テーマ「人外ファンタジー」
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