ひらかれた窓から春風が投げ入れてきた桃色の花が、新しく知ることになる誰かの新しい机にひらりとその身を落ち着かせた。

 思い出して、胸元につけたままだった作り物の花を外す。それを新しい友達のカバンにこっそりつけようとすると、目敏く気付いた友達に叱られた。仲良くなれそうだ。


 心配の数と同じくらい起きた嬉しいことに浮き立った気持ちは、教室の入口に不審者を見つけるまで続いた。わたしにしては、長く続いた方だと思う。

 友達の輪から抜け出してその不審者の元に向かうと、嬉しそうな顔が嬉しそうな声でお気楽そうに私の名前を呼んだ。


「おまえ、ホントに入学したんだな!」

「先輩に言った覚えはないんですが」

「姉ちゃんには言ってただろ〜。てか先輩って呼び方やめろよう余所余所しい!」

「すみませんちょっと距離が欲しくて。できれば物理的にも」


 つめたくあしらう間もどんどん迫ってきているから、きっとこのひとは私の気持ちなんて何にも分かってはいないのだろう。高校入学を機にイメージチェンジをしようだなんて単純なことは考えていなかったけれど、これでは中学よりも荒れそうだ。

 このひとを相手にすると、どうも感情が冷えてしまう。冷たく対応することで、学校の他の人たちに冷徹なイメージを持たれてしまったらどうしてくれるのだろう。できれば特に気にもされない一生徒でいたいのに。


「あの、先輩」


 まだ名前も知らないクラスメイトを気にしながら、おしゃべりな口を塞ぐ。じっさいに黙らせるきっかけにしたのは踏み付けた足だけれど、痛みには強くできているはずだから問題はない。

 この行動によってこの先の学校生活が思いやられたけれど、幸運なことにクラスメイトは友達作りに夢中らしい。いいことだ。わたしも早くその輪のなかに戻りたい。


「何のご用でこちらに?」

「お、よくぞ聞いてくれた奏隊員!!これだこれ」

「隊員じゃありません。どれですか」

「手、開けてみ?」


 この騒がしい人間のいったいどこに、大切に守られていたのか。会わないうちに大きくなった手から舞いおちるように私の手に移されたのは、淡く色づいた春の花で。ずっと手のなかに持っていたせいでいささか萎びているけれど、それでもこころなしか、さきほど見たものより奇麗に見える。


「それ、地面落ちる前に拾ったやつだからな。奏が楽しく過ごせますようにって俺がお願いしといた」

「まだそんなおまじない信じてるんですか。いくつですか先輩」

「なっ!これでも奏より二つ上なんだからなー!」

「これでも、ね」


 顔を上げると、私の表情を見て嬉しそうにした先輩が空いた手で私の頭を撫でた。そんなに良い表情をしていただろうか。折角ふんわりとセットしてあるのだから触らないでほしいのに、こどものこのひとは、微塵も気にしてくれない。


「奏、入学おめでとーっ!」

「これでお調子者じゃなかったら、ケーゴ兄ちゃんって呼ぶんですけどね」

「あ、いま呼んだ!呼んだよな!」

「呼んでません。そろそろ帰ってください先輩」


 渋る先輩を教室から追い出し、手の平で大人しくしている花びらを大切に包み込む。この時期ならどこにでもある桜の花びらを特別に変えてしまうなんて、あのひとらしい入学祝いだ。また学校の外で何かおごってもらおうか。そんなことを企みながら戻った新しい環境のなかは、あんがい居心地がいい。







111020
(ね、あれお兄ちゃん?)
(ううん、ただのご近所さん)
(へえー。でもカッコイイひとだね!)
(黙ってればね)
(黙ってジッとしてればね)



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