「奏サン、ホットケーキ食べたくありません?」 「はい?」 数分前、何の連絡もなくスーパーの袋を片手に玄関に現れた友人の発言がきっかけで、いま私は牛乳を注いでいる。タマゴと、その他諸々。 意味もわからないままただひたすらに生地を掻き混ぜている私を尻目に、呑気な言い出しっぺさんは鼻歌混じりにフライパンを温めている。最近よく流れるCMの曲だ。親しみやすい陽気なメロディー。どうしてこんなにも楽しそうなんだろう。 「なにか良いことでもあったんですか?」 「いやあ、ホットケーキってなんだか楽しい気分になるじゃないスか」 「はあ…。そもそもホットケーキを浦原さんがご存知だったことに驚きです」 「アタシもいつまでも時代遅れな男じゃないってことっス♪」 フライパンの前にスタンバイしていた浦原さんにボウルを渡して、流し込まれていく生地を見つめる。火の近くでゆらゆらと危なっかしい羽織りは脱がせた。甚平姿になった彼はやっぱり時代を間違っているように見える。ホットケーキくらいで時代に追いついたと考えるのも、いかがなものだろうか。 「気をつけてくださいね」 「ご心配には及びませんよ♪」 「及びますよ、危なっかしい」 一度は作ったことがあるのだろうか。手付きは慣れた風に見えるけれど、やはりどこかたどたどしい。 説明書を読んだのか、生地の表面にプツプツと穴が空いてきたのに気付いた浦原さんが焼き具合を確かめる。良い匂いがしてきた。そういえばバターはあっただろうか。ハチミツでもいいけれど。できれば両方あってくれると嬉しい。 「あ、」 「まだ焼けてないのにあんまり触るからですよ」 「プツプツは出てきたんスけどねえ」 「それはあくまで目安です」 かたちの崩れたホットケーキを見ながら、浦原さんは肩を落としている。なんでもできるように見えて案外そうでもないことは、ここ数ヶ月のなかで知ったこと。 最初はただの店主と客という関係だったのに、いつのまにかこうして一緒にホットケーキを焼いている。二人ともいい歳をした、しかも男女なのに、なんだかおかしな関係だ。 「飲み物、何がいいですか」 「コーヒー牛乳が飲みたいっス」 「テイストは」 「奏サンのお好みで」 「かしこまりました〜」 比率がミルク側にいくぶん傾いたコーヒー牛乳を作りながら、ホットケーキをひっくり返すのに慣れてきたらしい浦原さんを横目で見る。よく晴れた日曜の午後に、ホットケーキ。なんだかやけに似合いの組み合わせだ。耳にスッと馴染む優しい歌も。甘い味が好きな浦原さんのカップに、3グラムのシュガーを混ぜる。 (ホットケーキを食べたら、二人で公園にでも出かけようか) 110930 |