まるで来客を知らせるように音を立てて軋む戸を、開けるときと同様できるかぎり慎重に閉める。きっと音を立てたとしてもこのひとは気にしないだろうけれど、一応。 接客のために設けられた座敷で、やわらかな人形のように項垂れているのはこの商店の店長さん。小声で挨拶をすると、近くにいた看板娘ちゃんがおろおろと頭を下げ眉も下げた。一昨日と同じ反応。 失礼なことを言うようだけれど、お客さまなんてそう頻繁に来るわけでもないのだから、疲れているのなら奥で休んでいればいいのに。疲れているときこそ頑張りたくなる気持ちは何となく、分からないでもないけれど。いつだって支えてくれる、頼れる人達もいるのに。 そのなかの大切な一人である看板娘の雨ちゃんを手招きで呼んで、家から持ってきた紙袋を預ける。 「甘いもの。また作りすぎちゃって。味には自信ないけど、みんなで食べてもらえるかな?」 「奏サンの手作りっスか?」 「うん、ごめんねいつも付き合ってもらっちゃって。って、起きてたんですか喜助さん」 体勢はそのままに、ひらりと上がる手にはやはり力がない。花の茎が曲がるように降りていった手を追い掛けるように雨ちゃんが駆け寄って、私もゆっくりと近付いた。 「研究も結構ですけれど、ちゃんと規則正しい生活してくださいね」 「ウルル〜緑茶いれてきてくれる?お説教が始まるみたいだから」 「茶化さないでください」 座敷に腰を下ろして、肩を揉んでみる。かなり凝っているようだ。本格的に肩をほぐそうと後ろに回ると、喜助さんも身体を起こし揉みやすい体勢になってくれた。 服の皺や髪の癖、声、吐息、まとう空気から、濃い疲労が伝わってくる。このひとはすぐにこうやって限界を無視しようとするから困る。そうかと思えば、寝ながら考えました☆なんて軽いノリでとんでもない発明品を出してくることもあるのに。 やっぱり、このひとの最も重要視しているあの研究は、精神的にも肉体的にもかなりの負担を強いるものらしい。義骸の身体に押し付けた指から、確かな体温が伝わってくる。 「ホント、助かります。奏サンがいてくれると」 「説教くさいオバサンですみませんね」 「ハハ。それがありがたいんスよ」 肩を揉んでいた手を制止するように添えられた手も、このひとはあたたかい。こうして消え入りそうに弱っている姿を見たとき、いつだって変わらないこの温度で和らぐのだ。そうして願う。いつまでも、このひとが冷えることがありませんようにと。 「ホント、安心します。奏さんがこうして、そばに居てくれると」 ありがとうございます。告げられるその言葉はどこか遠くて、むしょうに抱きしめたいのに、手を振り払うのが怖くて身動きひとつできやしない。だからそのまま、じっとしていた。 喜助さんは、ここにいる。私が自分の足で向かえる場所に、いつだっていてくれる。それがどれほどの支えになっていることか。きっと知っているのだろう。彼も、私も。だから、どこにもいかない。消えたりしない。 願い乞うようにそう確信して、たしかに体温の宿る肩に指を押し付けた。 110930 |