むしゃくしゃ、とは、感情を的確に表した言葉だと思う。どうにかしたいのにどうにもできなくて、果たして自分がどうしたいのか分からなくて頭を掻きむしるような。むきーとしゃーとくーともう一つしゃー。なんでもいいから叫びたいような気持ちがこれほどにも集約された言葉は他にないだろう。

 というワケのわからん考察は置いておくとしてだ。とにかく私はむしゃくしゃしていて、とにかく何でもいいから叫びたかったのだ。できれば、あの男に関わることを。


「オレが石矢魔最強だーッ!!!!」


 スッキリした。いやもうスッキリした。誰も聞いていないとはいえ他人の悪口は面と向かってでないと言えない私も相当なものであるが、いやもうスッキリしたので何でもいい。許そう。明日、きっとなんにも考えていないであろうあの男のところに話し掛けに行こう。まるで何事もなかったかのように。

 そう、考えたのだ。だから決して悪気があったワケではない。人間誰しも叫ばなければやってられんときがあるのですよ。だから許してください、男鹿さん。


「いや、まさかオマエがなー。アレだな、こういうのは案外身近にいるモンなんだな。手間が省けたぜ。ハイ」

「ややや、ハイじゃなくて。待て、待とうか男鹿くん。誤解なんだ」

「ん?あ、そうか喧嘩して試しといた方がいいな。オレもオマエの強さ知りてえし」

「よくない!よくないよ!喧嘩とかしたら私一発KOだから。古市くんより遠くに飛ぶ自信あるから!」

「ここでいいか?」

「聞いてませんね!?」


 ベル坊と呼ばれるその赤ちゃんをこちらに哀れみの視線しか送らない古市くんに預け、男鹿くんは既に距離を取りはじめている。走ってきて勢いをつけて開始ということか。できればそのまま帰ってしまってほしい。いや、わたしが、かえる。


「あっ、おい!待て霞水!」

「待たない!すみませんでした!石矢魔最強はアナタですコングラッチュレイション!!バイ!」


 むしゃくしゃというものは、ひどく恐ろしいものだ。後悔をしないワケがない。やっぱりいくらむしゃくしゃしても、周りに影響を与えることは絶対にしてはいけない。叫ぶなら周囲を確認してから。もしくは誰にも聞かれる恐れのないカラオケで。というワケでカラオケに行こう。ヘビメタ歌って全部忘れてこよう。


 そもそも、あの男が悪いのだ。だからといって私に非がないワケではないけれど。わたしという者がありながら、赤ちゃんやら、果てにはお嫁さんやら。ふざけるんじゃない。

 男鹿くんがそういう器用なことをできる男ではないことは十二分に理解している。おそらくこの事態にもなにかしらの理由があり、本人にとっては全くの不可抗力なのだろう。だから、許そうと思った。むしゃくしゃした感情は自己処理をして、恋人に怒りをぶつけるなんてみっともないことはしないでおこうと。

 思った、のに。


 グイッ、と背筋を伸ばし、一度は止めた足をまた動かす。だんだん速めていって、最後には走り出した。このままカラオケに駆け込んだら店員さんはびっくりするだろうけれど、ここで胸中のむしゃくしゃを叫んでまた同じような事態に陥るよりは、何無量大数倍もマシだ。








(あれ、誰かと思えば霞水ちゃんじゃない)
(ひ、一人で、フリーで…学割で…、おねがいします…)
(何そんなに歌いたかったの?オレ付き合ってあげてもいいよ〜)
(は…?あ、夏目せんぱい…。なんでもいいから早く部屋に入れてください……)




(なんだアイツ?くそっ、明日会ったら絶対押し付けてやる)
(霞水さん…古市はそんな貴女の味方です…!だから早く男鹿なんか放ってオレのところへ、っへぶ!!)
(アイツはやらん)


110927

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