入浴の順番を知らせに来てくれた看護師さんがそのエンジェルフェイスに皺を寄せた。次に蝿でも追い払うような仕草を見せる。わかりやすい反応だ。


「まーたタコ焼き食べたでしょ」

「はは、ごめんなさい」

「彼氏サンが来てたから、ある程度覚悟はしてたんだけどね」


 やっぱりクるわソース臭。そう忌ま忌ましそうに吐き捨てながらも最後に見せてくれるのは苦笑いだから好感が持てる。仕事柄、真っ白な世界には居れど常日頃から清潔な匂いばかり嗅いでいるワケでもないらしい。おつかれさまです、と先程まで虎が座っていた椅子を差し出す。入浴はまだ回ってこないみたいだし、この看護師さんはお喋りが好きだから。現にもうマシンガントークが始まって相槌を打つ余地もない。

 さすがに疲れたのか、撃ち続けていたマシンガンを足元に降ろした看護師さんが飲み物とのど飴を要求してくる。この壁のなさが大好きな人と似ていて、たまらなく居心地がいい。


「そういえば、何年?」

「なにがですか?」

「タコ焼きの彼氏サンと。付き合ってどれくらい経つの」


 訊かれて、頭のなかをぐるりと一周する。虎と仲良くなって、どれくらい経ったのだろう。虎も私も、記念日なんてまともに記念としない性分だ。隣にいられたらそれでいい。考えてみればひどくアッサリした関係のようにも思える。

 そもそも、そうだ。まずはお互い顔見知りになって、友人になり、それから恋仲へと発展を遂げたのは覚えている。けれどその進展時期がいつであったかはまるで記憶にない。すっぽり抜けたというか、そもそも覚えようという意志すらなかったというか。

 うむむ、と考えこんでいるうちにマイペースな看護師さんはマシンガンを構えなおしたらしく、もう私の答えなど求めてはいない。ありがたいけれど、発掘された新たな問題が埋まりなおしてくれるわけではない。


 知り合ったのは、互いにまだ制服がコスプレでなかった頃だ。それから様々な発展があり、そのうちに私が病に倒れ床にばたんきゅーすることになって、虎は不定期にタコ焼きやらイカ焼きやらお好み焼きやら、なにか縁日の屋台を連想させるものばかりを差し入れしてくれるようになった。今日も3時のおやつにタコ焼きを配達してくれた。なにもできないままベッドに縛り付けられている私に、いつも元気な笑顔で。

 看護師さんの持つマシンガンの銃口を手で覆う。


「おねえさんおねえさん」

「ん?なにかしら」

「外泊許可ってもらえませんか。泊まりじゃなくても、ちょっと出られるだけでいいんですけど」


 ソース臭にやられた時ほどとは行かずとも眉根をきゅっと寄せた看護師さんは気まずそうに、あーと考えるフリをする。分かってはいるのだ。こんなに長い時間起きていられて、タコ焼きも食べられて、会話にも何の不自由もなかったとしても。外にあるたくさんのものは、私には死にも直結する凶器となる。

 分かってはいる。けれど一度くらい、生きているのだから一度くらいは、虎のいる屋台に足を運び、虎が目の前で作ってくれたタコ焼きを口いっぱいに頬張ってみたい。いかにも学校帰りに立ち寄ったかのように。虎のそばにいきたい。自分から、近づきたい。


「わかったわ」

「え?」


 いつの間にか強く握りしめていた拳にそっと手を添えられて、その温かさに涙がこぼれそうになる。泣くなんて、入院してから今までできた例しがないのに。

 その分かったわがイコール外出オーケィよではないことくらいは、私にだって理解できる。許可が出ることは二度と、ばかりか一度としてない。それでも、目の前のこのひとは何とか最善を尽くしてくれようとしているのだ。涙が落ちないように、目に力を入れる。瞬きでもしようものなら一瞬で零れてしまう。


「奏ちゃん、彼氏サンの連絡先教えてくれる?」

「虎のですか?」

「うん。あ、大丈夫よ誘惑しないから〜」

「ふふっ、胸強調しながら言われましても」


 我慢していたにも拘わらずあっさり零れていった涙を、優しく微笑む白衣の天使が見咎めることはない。ごく自然に、涙など見えていないかのように、鼻をすする音など聞こえていないかのように、電話番号を聞き出してさらさらと手帳にメモをする。ああやっぱり、似ているなあ。

 ヨシ、とエンジェルはしないであろうと思われる力強いガッツポーズを作り、得意げに笑った看護師さんが私の頭を撫でる。豪快にわしわしと乱す、私が一番好きな撫で方。


「夏祭、楽しみにしててね」


 カレンダーにつけておいた赤丸を確認して満足そうに去っていった看護師さんの後ろ姿の残像を、数時間前に去っていった人と重ねる。どうも、私の周りには魅力的なひとばかりだ。ストレートで遠慮がなく、男前で優しい。タコ焼きをひっくり返す虎が小児科の子供たちに崩しすぎた相好を見せている様子を思い浮かべて、ふふっと笑った。










(きみが運ぶのは甘く幸せな、色付きの世界)



110926

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