まだ昨日の疲れの抜けきらない身体をやさしく包み込んでくれる布団から手を伸ばし、ベッドサイドに置いた携帯電話を引きずり込む。まだ開き切らない目で探すには、アドレス帳より発信履歴の方が確実で早い。 一番上に表示された名前を躊躇なく選び、ずりおちた布団を元に戻しながら呼び出し音が止むのを待つ。 全員共通の機械音が数回リピートされたあと、聞こえた大きな声は、眠たくなるほど心地好かった。 「おーい。奏だろ、どうした?」 「東条くん、いま何してる?」 「イカ焼いてる」 「イカ、か〜。また新しいの始めたの」 「おう。この前タコ焼きしてたとこにいる。来るか?」 眠たさを振りきれないまま、布団から逃げ出してもそもそとパジャマを脱ぐ。時計の短針はもう12と13のあいだ。昨日は遅かったとはいえ、随分寝てしまったようだ。そりゃイカを焼く時間にもなる。 返事をしないあいだも電話を切らずにおいてくれている東条くんの受話器から、ジュワジュワとおいしそうな音が伝わってくる。一緒に香りが届いてきてくれないのが惜しい。 「イカにケチャップで奏らぶふぉーえばーって書いてくれるなら行く」 「おう、任せとけ!」 「はは、ホントに?」 じゃあバイバイともすぐ行くねとも言わずに電話を切り、適当に手ぐしで髪をととのえる。いつもはしっかりとキャリアウーマンらしく作る顔も、日焼け止めとパウダーだけでオシマイ。服も上下ジャージ、履物はボロボロのサンダル。 好きなひとに会うにはおおよそ相応しくない格好だ。でも、これでいい。こんな何の飾りもしない自分で会えるからこそ、好きなひとなのだ。近所のやたら働き者なかわいい年下クン。 目覚めたての身体には辛い日差しを手で遮りながら目的地まで進行開始すると、自然に鼻からは歌が洩れだした。 ブレックファースト (毎朝私になにかしら作ってください) 110925 |