身を縮め、両手で握った箒を素早く動かす。足元のちりとりにはたくさんの硝子片。傍らの窓からは遮るものがないせいで、キンキンに冷えた風がここぞとばかりに吹き付けてきている。

 孤独も相俟ってなんだかひどく空しい気持ちになって、足元の硝子片をひとつ割った。もうひとつ、もうふたつ。あ、何をやっている自分。


 不良の巣窟で有名な某高校の生徒が校舎使用不可により我が校に間借りしはじめたのが数日前。想像していたほどの被害はなかったものの、やはり、起こりはするものらしい。

 本校の偉い六名の一部と石矢魔の方々。何があったのかはよく知らないけれど、窓が割れたのは事実。ああもう、掃除するひとのことくらい考えやがれ両方とも。まあ私の自主的清掃だけど!だって危ないじゃない廊下に硝子落ちてたら!くそう!そして何で誰も居ない!

 溜め息を吐く。愚痴を数え上げていてもキリがない。とりあえず掃除を済ませて、窓にはダンボールでも宛てておこう。


 と、足で押さえたちりとりに硝子片が放り込まれる。どこから飛んできたんだと見れば、そこには赤子の姿。その奥に視線をやれば、私でも知っている、有名な某高校の生徒。


「っちょ、何してんですか!」

「何って…掃除?暇だし割ったのオレだし」

「ダ!」

「いや、そうじゃなくて!」


 さも当たり前のように裸で立っている赤子の手を掴み、指先まで念入りに点検する。次に、高校生の方も。足裏も忘れずに点検。いきなり掴まれて彼らは驚いている様子だったけれど、そんなのは関係ない。


「新しい傷は…ないね。よかった。けど、割れた硝子って結構鋭利なんですから、素手で触るのは避けてください」


 以後くれぐれも気をつけるように。あと、手伝ってくれるのならダンボールもらってきてもらえると助かります。

 赤子としゃがんだ高校生に目線を合わせ、強く言い聞かせるついでに頼み事をする。赤子は特に、素手で硝子片を触るなんて言語道断だ。石矢魔のひとは慣れたことかもしれないけれど、それでも進んで怪我を作りにいくモンじゃない。

 びっくりしていた二人が互いに目を合わせ、立ち上がった高校生に赤子がよじ登った。どうでもいいけど何故素っ裸。


「ダンボールってどこにあるんだ?」

「え、手伝ってくれるの」

「オマエが頼んだんだろうが」


 てっきり面倒臭いからヤダつか何偉そうに言ってんだと印籠でも突き付けられるかと思っていたのに、快く引き受けてくれるらしい。案外いいひとなのかもしれない。すこしばかり誤解してたかな。申し訳ないことをしてしまった。

 見上げる姿勢から立ち上がり、顔を確認しておく。わざわざ覚えようとしなくても目立つから記憶できるだろうけれど。名前は知っていたはずだけれど思い出せないからあとで訊こう。


「事務室に頼んだらもらえると思います。あとついでにガムテープもセットで」

「よし分かった。行くぞベル坊!」

「ダーッ!」


 行き先を聞くなり走っていってしまった二人を見送って、また箒を動かす。出身校で人を判断するのはやはり良くないことだと再確認。喧嘩好きな人であることは間違いなさそうだけれど、だからと言って悪い人だと決め付けるのも些か早計だ。

 不可抗力で開け放された窓から、雨の匂いを含んだここちいい風が入り込んでくる。うん、過剰な換気も悪くない。








(あれ、戻ってきた)
(おい!事務室ってどこだ!)
(…分かってから走ろうよ)



110925

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