加減されずに引かれていく腕の痛みが少しでも和らぐように、慌てて足を急がせる。どこへ行くつもりなのかただ前へと歩いている真子の、髪は光を含む場所を何度も変えるのに、口は先程から同じ言葉ばかりを繰り返している。


「あの、真子さん真子さん」

「あかんあかんあかんあかん………」

「真子さーん。聞こえてるかなー?」

「あかんあかん…絶対アカン!!!」


 いきなり立ち止まって振り返った真子に鼻をぶつける。小さい頃なら真子も同じようなところをぶつけていたのだろうけれど、いまはただ私が真子の胸板にぶつかるだけだ。なんだか悔しい。

 その腹立たしさも込めて見上げると、肩を掴んで引きはがされる。そうして深刻そうに溜め息を落とした。


「喜助はぜったい奏のコト狙っとる…」

「はい?」


 数分前からずっと素っ頓狂ではあったけれど、極みがこれであるとは驚きだ。つい先程、真子が技術開発局へ来て私を連れ出すまでお話をしていた浦原隊長兼局長が、そんなことをお考えのはずがない。


「狙ってるって私、斬られでもするの?それとも白打か。どっちにしろ浦原隊長に勝てる気はしないなあ」

「ここでボケんなや阿呆…」

「ボケてんのは真子でしょうが」


 個性派揃いの友人たちの中では真子は比較的常識人だと思っていたけれど、存外、ありえないことを考えついて、しかも思い込む人らしい。ここへ来てまさかの発見だ。なんだか衝撃。

 肩から外した手の両方で、もう一度わたしの手を繋ぐ真子。先程も、最近はとんと繋いでいなかった手を、真子はまるでいつもそうしているかのように繋いだ。それに驚いたのは、その場に居た浦原隊長も同じであろう。

 そうか。あれは、勘違いから来る浦原隊長への身勝手な牽制のようなものだったのか。まったく困ったものだ。


「それに浦原隊長には四楓院隊長がいらっしゃるでしょうに」

「四楓院隊長?あー、あれはただの腐れ縁みたいなモンや聞いたで。なんの理由にもならんわ」

「なんの理由にもならんから、浦原隊長は私などに懸想をしていらっしゃると?」

「私などとか卑下すな、ボケ」

「卑下すなとか言って愚弄すな、阿呆」

「なんやと?」



 人通りも少なくない廊下で、隊長の真子とただの平隊士の私が口喧嘩をしている。こんな状況を他人が見たら、迷わず私の評価を落とすのだろうか。たとえ幼なじみであっても、真子は仕事の立場上は敬うべき相手だ。たしかに、悪く見られても仕方ない。

 けれど、負ける気はさらさらない。真子が素っ頓狂なことを言い出すから悪いのだ。

 ありえないけれど、もし、もしも、万が一にも浦原隊長が私に想いを懸けていらっしゃったとして。それがどうだというのだ。

 背伸びをして、猫背のまま怒っている真子の唇をふさぐ。十本の指は本人に掴まれていて使えなかったから、黙らせるにはこれしかない。もうひとつの理由も合わせれば、まさに一石二鳥。


「もし、真子の言う通りなら」


 わたしは、浦原隊長のところに行くっていうの?

 睨みつけた先で赤い顔をしている真子がその色を隠せないように、手は絶対に離してやらない。本当に、久しぶりに繋いだ手だ。こんなに大きかっただろうか。

 このおかしな人の危惧することが起こる可能性なんて微塵もない。真子がちゃんと分かってくれるまで、ぜったいに逃がしてなんかやらない。おかしなことを言い出すきみがすべて悪いのだ。










(わたしはずっとあなたのそばにいると、何度だって示したでしょう)

110915

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