天井を見上げると、馴染んだ染みが私に挨拶をするようにこちらを見ていた。このやろう、昔は散々わたしを怖がらせたくせに。八つ当たりしながらも、とりあえず頭を下げておく。たいへんお世話になりました。

 膝を抱えて頭を埋めると、わたしはひどく小さいものになる。それなのに背中に当たる壁はその大きさに耐え切れずひどく頼りなくなって、わたしは仕方なく姿勢を正した。

 すこし広がったダンボールが、わたしの前や横、後ろに壁を作っている。


 不意に人の気配を感じて上を向くと、呆れた顔がこちらを覗きこんでいた。その視界はまるで、今まさに売られてゆく動物のようで。うまく見定めてもらえるようにと、微笑んだ。


「やあ、一護くん」

「…なにしてんだ?オマエ」


 近所の家に住んでいる黒崎家のお兄さんは、いつも的確な質問をしてきてくれる。

 まさに、なにしてんだ状態。大きなダンボールにすっぽりと収まっている青年の意図が判らないのは、至極当然のことである。


「へへ…かくれんぼかな」

「鬼いねえけど」

「あ、そうだね。忘れてた」

「忘れるもんなのかそれ…」


 わざと照れくさそうな笑いかたをして、一護くんが引っ込むのを見届ける。溜息を吐きながらそばに座った彼は、手伝いに来たのだと言った。

 わたしはもう明後日には、この家から出て行く。もともと私しかいなかった家だから、次の入居者が決まるまでここには誰も住まなくなる。天井の染みも、誰かを見つめることはできなくなるのだ。


 遠い遠い未来だったその日が、もう二日後に迫っている。

 実感など、まだなんにも無いのに。

 もうあと二日で、彼と私はご近所さんではなくなってしまうのだ。

 ダンボールのなかで感傷に浸りたくもなる。べつにダンボールのなかでなくともいいような気もするけれど。


「まあ、何つーか」


 壁越しに、彼の声が聞こえる。胸を借りて泣いたこともなければ涙が出るほど笑ったこともないのに、ずっと心地の良い声。今日はすこし泣きたくなる響きを含んでいる。耳を澄ます。


「そうやってダンボールのなかに入っちまうような、変なオマエのままでいいから」

「変なって…。ダンボールを何だと思ってるんだ」

「その質問、そっくりそのまま返してやりてえよ」


 日当たりの良い位置にあるこの部屋は、いつだって外の天気に左右されている。太陽が隠れてしまえば暗いし、晴れたら明るく、とても温かくなる。

 それはなんとも、きびしくて、居心地が良すぎて。


 そしてずっとは、暮らせない。

 ずっと一緒には、いられない。



「元気でやれよ」



 背中に当たる壁が、頼りなく広がっていく。このままではきっと、脆いこの壁は壊れてしまうだろう。壊れて、わたしの心を護るものがなくなってしまう。


 そう、ならないように。


 情けない顔を上げて背筋を伸ばした私の周りに、やさしい壁が構築されていくのがわかった。





(あ、そうだ手伝いに来たんだよね?)
(いや、嘘だ、冗談だ)
(まあまあそんなこと言わず。じゃあそこの本詰めてもらおうかな)
(絶対終わらねえだろ…ごちゃごちゃじゃねえか)
(掃除のし甲斐があると言ってくれないかな)



110911

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