毎日の惰性で布団をたたんで、朝餉を済ませて、歯を磨き、髪を適当に整える。直しても直してもすぐにはねてくる髪を、いっそ切ってやろうかと思って。踏み止まった。


 あの日から、夜が七度役目を終えたらしい。あのひとの名前はまだそこかしこで飛び交っているけれど、それはきっと、単なる一つの大事件として片付けられてしまうのだろう。

 私の声は届かないし、扉を叩きすぎた手の痛みはまだ、ひきそうもない。


 あのひとを助けた人を好きな彼女の姿は、まだ見ていない。昨日、仕事場にいきなり現れてよく通る声で名前を呼んだ彼女に、居留守を使ったきり。


 化粧道具を引き出しに片付けて、手で皺を伸ばした仕事着に袖を通す。まだ、朝は早いけれど。掃除でもしていれば、時間なんてすぐに経ってしまう。

 そうしてその時間は、あの事件のことなんて地中深くに埋めてしまうのだ。悪びれる様子もなく、さもそれが決まりであるかのように。最初は目立っていた地面の色も、そのうちに馴染む。それが無常であり、そして常というもの。


 机の上に置きっぱなしにしていた手紙を慎重に拾い上げ、本人も貸したことを忘れているだろう本のあいだに挟む。

 白い封筒。昨日はたしかに、なかったはずなのに。夜半、何かに呼ばれたような気がして目を醒ましたら枕元に現れていた手紙。封筒と手紙の両方に、わざとらしく残されたあのひとの霊圧。

 割れてしまった爪の保護として巻いていた包帯を解き、丁寧に巻き直す。ひらいて、とじて。違和感と、慣れ。こわいもの。

 足袋を履き、草履の紐を結ぶ。






――時間がないので、ひとつだけ。一方的に、約束を取り付けさせてください。ボクを信じてると言ってくれた君とだからこそ、できる約束です。

奏、淋しいからといって、ボクを信じることをやめないでください。絶対に、きみに会いに行くから。だからどうか、そのときまで。

ボクを、見くびらないで。









「そっちこそ、ですよ」









拝啓、相変わらずプライドの高い、ばかなひと。時間は有り余っているけれど、ひとつだけ。信じるなんて、コドモでもできるんですからね。かしこ。




会えたらギュッて、それだけだ。
110909

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