終日の机仕事で凝り固まった身体を解しながら自室に向かう。真っ暗な廊下の先に見える部屋の電気が点いているということは、来ているのだろう。これで夕飯でも用意してあったら文句なしなんだがと考えながら戸を開けると、見えた後姿はたいそう悩みこんでいた。


「…ただいま」

「あ、おかえり」


 彼女の前で懸命に働いているパソコンを覗き込みながら声をかける。画面にはたくさんの検索結果が表示されていて、彼女が動かす矢印がそれらを虱潰しに開けていく。


「なにしてんだ?」

「笑顔の練習」

「…は?」


 画面をよく見ると、成程、きれいな笑顔の作り方だの明るく見える化粧法だの、そんな言葉が並んでいる。それを懸命に見ては手元の鏡を覗き込んでいた彼女が、大変なことに気付いたように声を上げ、こちらを向いた。


「修兵、いま暗いとか思ったでしょ…!」

「や、思ってねえよ」


 こちらを向いた彼女は思いのほか真剣なようで、いつもの冷静な目がすこしだけ潤んでいる。


「でも、何でそんなこと調べてんだ」


 今日なんかあったとか?何気なく訊ねた質問に彼女が反応したので、鞄を下ろし近くに座る。笑顔の作り方なんざ、わざわざ調べなければならないようなことでもあったのだろうか。


 彼女は出会ったときから無表情で、たしかに傍目から見れば冷たい印象を持つかもしれない。しかし、本当はそんなことはない。近くに寄って話してみると直ぐに分かる。彼女は表情があまり変化しないだけで、ほんとうはよく笑い、気を配るのが上手く、そしてからかいがいがある普通の女の子なのだ。

 わざわざ笑顔を造る必要なんて、どこにもない。


「六番隊の副隊長さんに、表情がねえなあって言われちゃってね」

「六番隊…つーと阿散井か。アイツは思慮深さが足んねえからな」


 奏が俺とこういう関係であることは、誰にも言っていない。別に隠そうとしているわけでもなく、単に席も無い一般隊士の彼女と副隊長の俺には話す機会もないから誰に知られることもないということなのだけれど。

 しかし、なんだ。考えてみれば、阿散井も副隊長だろうに。書類を届ける仕事もしていない奏と、話す機会があったってのか。これは問い詰めてみなきゃいけねえな。


 パソコンと睨めっこしては鏡に笑いかけている奏を呼び、両頬をつまんで変な顔にする。普段からあまり怒ることのない彼女は、こんなことをしても不思議そうにされるがままになっていてくれる。


「阿散井はホントなんにも判ってねえなあ」

「え?」

「意識しねえ、作ったりもしねえ、この笑顔が一番可愛いんだってのに」


 さわり心地のいい頬から指を離して、今度は手のひらで包み込む。そのまま口付けてみれば、奏はくすぐったそうに笑った。ほら、この笑顔だ。この笑顔も、表面に現れない奏の優しい気持ちも。それは俺にとって他の何にも変えがたいもので。

 それに似せた嘘の笑顔なんて、つくってほしくはない。


 パソコンを閉じた彼女が、あたたかな手で俺の頬を包み込んで、お返しの口づけをした。










(あ、晩ごはん!)
(作ってくれたのか?)
(作ってたんだけどついパソコンに夢中になって…)
(なんだこの黒い物体)
(……なんだったかなあ)



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