まるで氷を氷で覆うように。つめたく冷えた手を、両の手でそっと包み込む。差し込んできた早朝の光のなか、色のない自分の手を見て吐いた息が白かった。

 そうして気付く。冷えゆくこのひとをわたしは、けっして温めたいのではなくて。氷に近づいたこのひととならば、じっと寄り添うだけで同じ、境同士をくっつけた一つになれる。そんな浅はかな仮説を、試してみたいだけなのだと。


 吐いた息は白いのにどうやら温かいらしく、ゆっくりと手に色が戻ってくるのが目に見えて分かる。いや、そうではない。それはきっと、マイナス同士が重なり合って。熱を生み出しているだけなのだと。ぼんやり気付いて彼の顔を見ると、いつのまにか開いていた目が、ぼやけたように微笑んだ。

 近づいてきた唇がかるく手におしつけられるのを、頭で感じる。こういう朝のこのひとの、これは癖だ。


「また、あっためてたんスか?」


 うべなう私の手に覆われたまま、浦原さんがすこし淋しそうに唇を動かす。自分の発言とそれに対する相手の返答、そしてまたそれに対する自分の発するべき言葉。それらとその先すべてを瞬時に見極めて話をする。そんな彼からは考えられない仕草だ。普段は、扇子で隠しているだけなのかもしれないけれど。

 手は離さないまま、浦原さんがゆるりと起き上がると、引きずられた布団から足が覗いた。夜に在る特別な瞬間を再現したくて探したアヲを塗った、いつつの爪。吸い込まれるようですねと笑って、あのひとが撫でた爪。

 けれど理想的な夜の在るそんな足より私は、しっかり地を踏むことのできる隣の足のほうが何倍も素敵だと思う。


 わたしがもし仮に、足を持たない人魚なら。魔女に声を渡す代わりに手にいれる足を、選べるとしたならば。迷うことなくこの足を望む。そう思うほどに。


 自分よりは大きな身体が、無防備に寄り掛かってくる。あたりまえに受け止めて、おどろく。このひとはそれほど、つめたくなどない。


「…今朝も寒いっスね」


 かた、くび、みみ。ふれる体温を感じながら、吐いた息が白い。あたたかいから、そこには色がつく。手のなかに生まれつづける熱を、もてあまして、眠ってしまいたくなる。眠ればその先は、どうなるのだろうか。このひとは、この足は、この夜は。


 返事がないのが気にかかったのか、はたまたそうでもないのか。頭を持ち上げた浦原さんの目が私の目をとらえて、うすく細まった。

 わたしはすこしだけ迷って、ほほえんだ。







(そうだ、あなたはとうに、)


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -