決めていることが、三つある。まず、誰もいないところに行くこと。次に、声は決して出さないこと。最後に、それきりにすること。

 原因も知れない、解決法もない。そんな思いの収納場所が身体のなかだけでは足りなくなって泣くときの最低条件は、それら三つだ。


 一つ目の条件を満たすための場所は、家から歩いて5分ほどの距離にある公園が一番適当だ。近くにコンビニもないし比較的年配の方が多く住んでいる地域だから、人の往来の心配もない。

 ふたつ並んだ遊具のうちパンダのほうを選んで、失敬を詫びてから腰を下ろす。空を見上げると、星が出ていて、丸い月はすぐにぼやけた。


 しばらくしてからぼんやりと思い立って携帯を取り出し、昨夜、寝坊すんなよとの警告で途切れたメールの返信フォームを開く。

 受信フォルダに表示が増えるまで、さほど時間は過ぎなかった。

 なるほど、あのひとがいま求めているのは甘いものらしい。平介の作ったやつ?と尋ねると、お前のでもいいけど、と返ってくる。お勧めしないな。なんで。だって。だってなんだよ。


 液晶画面が滲んで光が溢れ出る。文字が読めなくなるのは困るので目を袖でこすり、またメールの返信を打った。わかってるでしょ。わかるかよ。だって、平介の作ったやつの方がぜったいおいしい。


 ふと、隣のシロクマに気配を感じて反射的にそちらを見る。暗闇に慣れた目でその背中を視認した、とたん、息が止まりそうになった。名前を呼ぼうとするより先に、受信フォルダがこちらを呼ぶ。

 大して変わんねえだろ、というその返信は、あくまでも先程からのメールの続きで。

 変わるよ。そういや最近作ってこないよな。甘いものをですか。いまそれの話しかしてねえだろ。ですよねすみませんでした。なんで作ってこねえの。

 空を見上げると、滲んだ月も丸いのがわかる。後ろにいる鈴木からは見えないところに上がった、散らない線香花火。声が漏れそうになるのを我慢して、涙を拭いた。

 いや〜最近は多忙なものでねえ。は、おまえが?ひどい。時間がないのは夜更かししてるからだろ。日付変わったらすぐ寝てるよ。変わる前に寝ろ。す


「あ」

「ん?」


 思わず声を上げると、鈴木が振り向いたらしい。シロクマを支えるバネが軋んだ。わたしもパンダを軋ませて振り向き、ちいさく笑った。いつもの仏頂面は、眉しか動かさなかったけれど。


「すずき、って打とうとしたら、電源ボタン押しちゃった」

「初歩中の初歩だな」

「ありがち有りがち」


 溜め息を吐いた鈴木に、ぐちゃぐちゃになった私の顔が見えていないはずはなくて。その証明として、鈴木の手はめずらしく私の頭に乗っている。押さえ付けられて素直に頭を垂れると、涙がぽとり、落ちていった。


 ああ、もう。条件を満たしてくれる場所を、また探さなければいけない。






(で、何て打とうとしてたんだ)
(え?)
(すずき、の続き)
(ああ。鈴木だって昨日夜更かししてたじゃない、って痛たたた)
(俺はお前に付き合って起きてたんだよ。感謝しろ)
(鈴木くんってば責任転嫁)
(あ?)
(でも嫌いじゃないよ、鈴木のそういうトコ)
(そういうトコってどういうトコだよ)
(細かいな。いいじゃないですか別に)
(ほー、言えないようなコト思ってんだなお前は俺に)
(そうじゃないけど。いいじゃない、私は鈴木が好きなんだから)
(ごまかせたと思うなよ)
(思ってませんよそんな不遜なこと。というかあの、そろそろ顔上げても)
(……)
(あれ、鈴木?鈴木さまー?)
(…だめだ)
(そんな殺生な)


120501

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