うつりかわる窓の外の景色をボンヤリ眺めながら、欠伸をひとつ噛み殺す。いかん、眠たくなってきた。制服のポケットから出たコードを引っ張って小さな機械を引き出し、親指で操作する。音洩れしないように音量を少し下げて、イマドキのオンナノコの気持ちを歌った曲からドギツいロックンロールに転換。

 と、せっかく良い感じに盛り上がってきた耳を、騒がしいだけの現実に引き戻された。

 ふりむくと懐かしい顔が、怪訝そうにヘッドフォンを耳に近づけてこちらを見ている。


「相変わらず下品な歌きーてんのな。高校入ったら女らしくすんじゃなかったのか?」

「ギャップですよギャップ。清楚なコがハードロック聴いてたらオッ!てなるでしょ」

「ならねーよ。つかオマエは単に好きなだけだろ」

「う」


 答えに窮して、男鹿の持つヘッドフォンに興味津々の様子の赤子の頭を撫でる。子連れ番長の噂は聞いていたし、実際このあいだ商店街で久しぶりに会った古市にも泣きつかれたからあまり戸惑うことはない。かわええ赤子だな。ロックに興味を持つとは将来が楽しみだ。


「てか何で男鹿が電車乗ってんの?石高は徒歩圏内でしょ」

「む、オマエ聞いてねーのか」

「なにが?」

「石矢魔の校舎壊れてよ、しばらくセントの方に間借りすることになったんだとよ」

「はー…そーいやそんなことをホームルームで聞いたような聞かなかったような」

「相変わらず遅刻ばっかしてるから聞いてねえんだろ」

「ナメんな。高校入ってからは皆勤賞ですよーだ」

「ほー。そりゃ結構なことで」


 ヘッドフォンを本格的に耳にあてたがっていた赤子に長さを調節してあげながら、男鹿の足を踏む。単にムカついたからだ。そういえば高校に入ってから他人の足をわざと踏んだのは初めてだ。イヤそれが普通なんだけど。

 中学のときの乱暴で喧嘩ばかりしていた私は宇宙の果てに棄て去ったのだ。まあただいま御帰還なさってるけどね!おかえり!私にしては長い時間だったよねこのやろー!


 しかし。しばらくのあいだとはいえ男鹿が同じ学校とは。嫌な予感しかしないけどまあいいや。どうせ本気で高校デビューする気なんてなかったわけだし。てか成功するはずもなかったし。中学のときの私を知る人なんて学校中にごまんといる。


 両耳をおさえてゴキゲンにリズムを取りはじめた赤子の頭をくしゃくしゃと撫でる。いい子だ。男鹿なんかのそばに置いておくにはもったいない。

 ん?男鹿のそばといえば。


「そーいや古市は?一緒じゃないなんて珍しいね」

「む?一緒に電車乗ったぞ。ほれ、あそこにいんだろ」

「へ?どこ」


 男鹿が指す方向を捜すが、乗り込んでくる人が邪魔でよく見えない。背伸びをして目を凝らして数秒、そこでようやく気付いた。


「……え?」

「ほら、居ただろ」

「…いやいや。男鹿くん」


 別に捜す意味もなかったのだが、やっと見つけた古市。その姿は、頑丈なドアの向こうにあり。ぷしゅーと音を立てて完全に閉まったドアの向こうで慌てたような顔をした古市が、私たちの視界から流れるように消えていった。

 いやいや。え?いやいやいや。いやいやいやいや。いやいや。しつこいけどいやいやいや。


「ねえ、いまさ、私たちの降りるべき駅だったような気がするんだけど気のせいかな」

「む?……あ」

「あじゃねーよ!!ああもうまじふざけんなバカオガ!」

「電車内では静粛に。マナーも守れねーのかオマエは」

「うっ、すみません…」


 電車内で騒ぐ私に周りから迷惑そうな視線が向けられているのに気付き、小声と会釈で謝る。男鹿に一般常識を諭されるのは気に食わないけれど、たしかに私が悪い。

 このあたりは昔から不良が異常にわんさかだけれど、そのほぼ全員が、身勝手に暴れ回っているようで実は最低限のマナーは律儀に守っているのだ。ムカつくけれど男鹿も例外ではない。


「てかあんたのせいでしょーが…!あと静粛にじゃなくてお静かにね。裁判所か此処は。裁くぞバカオガ」

「なんの罪でだよ。オレ悪くねーだろ」

「わたしの皆勤賞受賞を妨害した罪でだよ…!」

「知らねーよ」


 小声で散々抗議をしたあと、恥ずかしさから来る居心地の悪さと皆勤賞への夢が潰えたショックで、男鹿の胸に頭を押し付ける。かたい胸板しやがって畜生。

 私が男鹿に寄ったことで空いたスペースにすぐさま人が詰めてきて、思っていた以上に車内が混んでいることに気付く。

 すこしばかり冷静になった頭は脱力感から無意識に飛び込んだこの体勢に羞恥を覚えたけれど、もうどーでもいい。他人とはいえ、どーせ男鹿だし。男鹿にとっても、どーせ私だし。

 教室の前に出て皆勤賞のちゃちな景品をもらうその姿を眼の裏に思い描きながら、ゆれる電車のなかで溜め息を吐いた。







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