フラグをへし折る






「え、あれ…なんで?」



わたしの目の前で判りやすく狼狽えているのが作兵衛、その向こう側で皿を取り落としたのが数馬、それから急いで駆けてきたのは孫兵で、きっと作兵衛の両脇にいるのが噂の迷子二人組だろう。残念なことに彼らとは特別な交流がないので名前と顔が一致しないけれど。どちらが左門なのだろうと考えながら首を傾げて室内を見渡す。

代わり映えしない三年生の忍たま長屋。

部屋の主は見習わなくて良いところまで上級生を見習ったのか、仄かに薬品臭のする室内。木札に記された名は三年は組の三反田数馬と浦風藤内。残念ながらもう一人の主は不在のようだった。

「なんで…苗字先輩が、ここに居んですか」
「どうしてかしらね作兵衛。ねえ、数馬は判るかしら」
「…!」
「今更隠したってダメよ、もう見ちゃったから。孫兵も、それをどうするつもりなのかしら」
「っ…!」

握り締めた拳から指を一本ずつ剥がして、ころりと姿を現した黒い小さな丸薬をわたしが拾い上げれば数馬は青褪めて小さく震えた。そんなにも恐ろしいなら始めからやらなければ良かったのに、本当にばかな子。
山椒の粒ほどの小さな一粒は人体に害をなす。でも本来この薬の煎じ方を習うのは四年生になってから。二年前に伊作の煎じたこの薬を誤って飲んだ留三郎が五日ほど生死の境をさ迷ったのだから間違いない。習ってもいない薬をどうやって作ったのかだとか、誰に飲ませようとしていたのかだとか、聞かなければならないことは山のようにある。

「何を、しているのかわたしに教えてくれないかしら。ねえ作兵衛」
「そいつは…その、」
「今度実習で使うんです」
「嘘おっしゃい孫兵、わたしはくのいち教室六年生よ。これがどんなものだか知らないとでも思っているの?」

馬鹿にされたものだと思う、馬鹿にされたものだ。一目見て気付かれないと思ったの。わたしは六年間、そう六年間だ。六年間善法寺伊作と共に過ごしたのだ。
そうして地力で男に劣る女が使うのが道具なのだから、わたしが気付かない筈がない。

わたしが気付かない筈がない。



これは天女でさえも殺す劇薬。



「何って、予習ですよ名前先輩。予習に決まってるじゃあないですか。おれたちが集まって来年に向けた予習をしていたら可笑しいですか?三年生だから出来ない?そんなことはないんです、あの人たちに出来ておれたちに出来ないなんてそんなこと、ないんですよ。だって真面目にやればおれたちだって、このくらいどうと言うことなくやれるんです」

「…藤内」

わたしが背にした戸の方からまくし立てるように最後の一人が姿を現した。開いて置かれた教本は四年生のもので、確かに保健委員の知識と合わせれば作れないことはないだろう。それでも。

「あの子がわたしのお友達だと判った上でのことだと理解しても良いのかしら」
「何がいけませんか」
「わたしに喧嘩を売るってことよ」

立ち位置をはっきりさせましょう。マリアさんとその他で線引きをして、わたしはマリアさんの側。線の向こう側に立つのか踏み越えるのは貴方たちの自由。
可愛がってきた後輩なのだから、出来れば敵対はしたくないけれど。一年生や二年生のように訳の判らないものに対する怯えや上級生たちが近寄らないからの追従ではなく、自分の意思で動いているなら仕方のないこと。


でも


「きっと、いいえ絶対に。藤内たちがあの子を害すると言うなら、わたしは貴方たちを嫌いになるでしょうね」



ことの発端がわたしへの好意なのだと知っている身としては頭ごなしに叱ることはしたくない。本末転倒と言うではありませんか。

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