フラグをへし折る


名前は知っていた。多くの忍たまやくのたまたちから己が好意を向けられていることを、知っていた。
それは年の離れた弟妹を可愛がる姉のように、それは幼い子供たちを可愛がる母親のように。学園の生徒たちから慕われる名前は下級生からは母親に対するような好意を向けられ、上級生からは初恋染みた親愛を向けられている。名前は知っていた。



愛と狂気は紙一重だと、名前は知っていた。





始まったのは天女と呼ばれる少女への些細な嫌がらせ。少女の持ち物からボールペンが消え、次の日にはそれが真っ二つに折られて見付かった。臙脂色のスカーフが消え、四日後に引き裂かれた布切れがくのたま長屋へ投げ込まれた。
少女自身へは直接危害を加えず、ひたすら精神的に追い詰めるそれはくのたまの手法だった。

「そうやってあの子が泣くの、お可哀相に」
「…へーえ」
「だからね、一緒に慰めて貰えないかと思って」
「ぼくたちが…ですか?」
「ええ、しんべヱたちと一緒にいるとわたしはとっても元気を貰えるから。だめかしら?」
「でも…」
「あの子、とっても寂しがりなの。だから乱太郎たちもあの子とお友達になってくれたら、わたしが嬉しいのだけれど」
「名前先輩が嬉しいですかー?」
「喜三太はみんなもナメさんたちも好きでしょう?」
「はにゃ?もちろん好きですよー」
「それと一緒。喜三太が好きなナメさんたちを、みんなも好きになってくれたら嬉しいとは思わないかしら」

それだけ言って名前は一年は組を自室へと誘った。自身を進化した巻貝と同列に語られたとは知らない少女は嬉しそうに名前へ駆け寄り出迎える。それを眺めながら兵太夫は気付かれないよう小さく安堵の息を漏らした。

なーんだ、この人、ちっとも怖くない。

名前の後ろに隠れながら乱太郎たちの様子を窺っている少女。しかし興味は深々、これはどう見ても小動物。六年生にも劣らぬ図体の癖に、どうにも仕種が子供染みている。庄左ヱ門は実家の弟を思い出した。いや、下手をすればより世間知らず。そうして心の中にある帳面に記す。

天女、恐るるに足らず。


「あの、ね?名前ちゃんとお菓子作ったんだけど…食べ、ますか?」
「おかし!ぜひとも!」
「ちょ、しんべヱ、お前ちょっとは疑えよ…」
「仕方ないよ、しんべヱだもん」
「しんべヱだからねー」
「しんべヱだもんな」
「ここで食べるって言わなかったらしんべヱじゃないよ」
「それもそうだ、しんべヱだもの」
「じゃあ仕方ないかー」
「仕方ないねー」
「いらないならきり丸の分もぼくが食べます!」
「おま…!欲張んな!」
「苗字先輩が作ったんですか?」
「そう、マリアさんに教えて頂きながら一緒に作ったの」
「まりあさん?」
「天女さまのお名前よ。初日にご挨拶して下さったじゃない、覚えていない?」

誰も知らない聖女の名前を持つ少女に害をなすだけの力はない。ここは忍術学園、市井に暮らす人々よりも腕に覚えのある者ばかり。だってほら、無防備に背中も首も曝されている。これなら一年生だって容易に。

「まりあさん、これおいしーですね!」
「本当?ホットケーキミックスがないから、あんまり自信がなかったんだけど」
「ほとけ…?」
「また作ったら食べてくれる?」
「ぜひ!」



仄かに甘いパンケーキを指で摘んで名前は満足げに笑った。最初はそう、少女が脅威でないことが判ればいいのだ。

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