続/子供が苦手なプロ忍者

勘違いされては困るので一応弁明しておこうと思う。おれは決して子供相手に手を挙げることが出来ない訳ではなく、自ら進んでしないだけのことだ。年の近い高坂などは同じことだと呆れ顔を浮かべたが、それは大分違うと反論したい。
なぜなら「手が出せない」ことと、「手を出さない」ことの差は天と地ほどもあるのだ。おれのことを知る大多数の者が勘違いをしているようだが、間違ってはいけない。

おれは前者ではなく後者である。

「っふ…ぐ!」

柔らかい内臓の上に片足を置いて軽く体重を掛けてやれば骨の軋む音が聞こえたような気がした。幻聴だろうか?いいや恐らくは紛れも無い現実。青褪めた子供の体躯はおれが少しでも力の加減を間違えれば壊れてしまうことが判っている。
判っているし、知っている。
子供というものは思っているよりもずっと容易に壊れてしまうものだ。だから強く丈夫な身体を作るために日夜バランスの良い食事を摂り、大人たちから多くを学ぶのだ。そう、おれが養父に倣ったように。

「甘くみたの?それとも実力の把握もしなかったのかな。臨時とは言え、この忍術学園が力のない者に教鞭を執らせる訳がないでしょう」

えーとえーとと繰り返していたらどうやらおれはナメられたらしい。
らしいと言うのもおれ自身が確認した訳ではないのだが、遊びに来ていた養父が直々にお気に入りの保健委員長から聞き出した情報なので九割方間違いはない。考えてみれば忍術学園に臨時講師として招かれてから下級生たちに追い回されてばかりだ。泣き言を言っては土井先生や山田先生に泣きついている姿からはプロ忍者としての威厳とやらは見受けられない。
つまり上級生の連中に言わせれば「あれが本当にプロ忍者?」の扱いになるのだろう。否定はしないが、そう判断を下すには少し安易が過ぎるのではないかと思う。

「それで、冗談交じりに臨時講師の苗字先生を揶揄ってみようって話になったの?勝てると思ったの?なにそれ、死ぬの?死にたいの?自殺願望なら余所行ってよ」
「う…ぐぁ、ッ!」
「痛い?痛いよね?痛いだろ?潰れちゃいそうだもんね、痛いに決まってるか」
「兵助!」

一番柔らかい臓器に踵を減り込ませてやれば足の下から鈍い悲鳴が聞こえた。外された肩を抑えながら呼気荒くおれを睨み据えるのが一つ、動かない両足引きずって腕の力だけで近寄って来ようとするのが一つ、蹲った格好で唸りながらも顔を上げるのが一つ、受け身をとり損ねたのか身動きすら取れないのが一つ。さっきから鳴いているのを数えて全部で五つ。
一年生たちの話によく登場する五年生の諸先輩方だ。残念ながら固有名詞を把握していないので今踏んでいるのが誰なのか判らないが。

「言っとくけどおれ、手加減とか超苦手だからね。不意打つんなら、死んじゃっても文句言わないでよ」

以前に手合わせで可愛い後輩の両腕をへし折ったのは何を隠そうこのおれだ。あの時は本気で泣いた。誰がって、そりゃおれが。大丈夫ですから泣かないでくださいと被害者である後輩に慰められたのは忘れようのない黒歴史である。
あの時は綺麗に折れていたようで完治までそう時間は掛からなかったけれど、今回そんな配慮をするつもりはない。学園長先生からも養父がおれをここへ預ける際に許可をいただいている。卒業後にはプロの忍者となって他人と命のやり取りをしようって言うんだから、大なり小なり多少の覚悟は持ち合わせている筈だろう?

「ぐ…うっ!」
「あ、潰れちゃった?」

ごめんねー。間延びした謝罪の言葉とにこやかな表情とは裏腹に、足下の肉を踏むことへの躊躇はない。この子供たちはプロの忍者を何だと思っているのだろうか。
子供や赤子は弱くて柔くて稚いから、加減が出来なくて怖いだけの話で。つまりおれはプロの忍者として生計を立てる上で子供に手を挙げられない訳ではないのだ。
つまりそれが忍務なら躊躇いなく手に掛けることが出来る程度の認識でしかない。

「おれ、自衛の為なら殺しても良いって言われてるんだよね」

当然の話だ。どんな風に見えていたのかは知らないがおれは紛れも無く城仕えの忍者なのだから、この機に敵対する城から命を狙われないとも限らない。だから自衛の為の殺生を許して貰った。学園長先生もまさか学園の生徒がおれに危害を加えるとは思わなかっただろうが、これもまた立派な自衛。

「くそッ、兵助が…!」

揶揄程度なら大目に見るつもりだった。競合地域に掘られた無駄に見事な蛸壺と同じに扱い笑って済ませるつもりだった。足元に転がった刃物さえなければ。子供の遊びと許すことも出来ただろうに残念でならない。
自らの実力を試してみたい年頃であることも理解しているので気持ちは判らないでもないが、何分にも相手が悪かったとしか言いようがない。おれは聖人君子でもなければ学園の正式な教師でもなくただの忍者でしかないのだから。

「名前、そのくらいにしてあげたらどう?」
「あれ養父上。止めるんですか」
「そうだね。名前の馬鹿力でそれ以上やっちゃうと本格的に生命の危機だから、この辺りが潮時かなと」
「へえ、」
「それに忍術学園へ恩を売っておくのも良いかと思ってね」

相変わらず読めない人だと自分の養父ながらに思う。仕方なく内臓を潰していた足を持ち上げれば長屋の方から上級生が駆けて来るのが見えた。
善法寺伊作。養父の気に入りだ。
見られていることは察していた。未だ未熟な視線もチラホラと感じたが、圧倒的に多かったのは気付かない程に鋭利な薄い視線たち。やっぱりこの学園の教師陣は一筋縄ではいかないようだ。後輩がライバル視している土井先生は元より山田先生や学園長先生まで。流石におれだって引き時は心得ている。学年を一つ潰してしまうことが拙いことだって知っている。







「苗字せんせぇー」
「えっと、え…と、あの…ど、どうかした…?」
「どうして逃げるんですか?」
「ぼくたち何かしちゃいましたかぁ?」
「何にも、してない…!してないから!こ、こっち来ないでぇえええ!!」

顔色の悪い子供たちは以外にもしぶとい。逃げても逃げても追って来るので最近では身動きを取らない方が賢いのではないかと学んだ。仕方なく細い手足でわらわらと群がって来る小さな生物たちを落とさないよう手を添えて支えてやれば素直な礼が返された。
わ、悪い気はしないが少々気恥ずかしい。

「ぼくたち何にもしませんよおー?」
「すごいスリルぅー」
「あ、竹谷先輩」

おや、と顔を上げれば子供の一人が指差す方に右肩を庇いながら歩く上級生の姿があった。あの顔には見覚えがあるなと目を凝らせば、先に気付いた相手がぎょっとしたように目を見開いて、

「あ」
「あれ、竹谷先輩行っちゃった」
「何だか気分悪そうだったね」
「ねー」

拝啓後輩殿
元気でやっていますか。こちらは恙無くやっています。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -