体育委員長がマラソンの最中に落ちてきたと言って拾ったのはへいせいの世より降臨した天女さまだったのでございます。にこにこと笑う彼女はなぜか理由もなく多くの者からの好意を得、気が付けばまるでお姫さまのように大切に大切に扱われておりました。それを不思議に思うこともなく三郎は彼女の周囲に侍り、彼女を誉めそやしておりました。一年生から六年生まで、好みも性質も異なる彼らが果たして一人の女に恋慕の情など抱くものなのでしょうか?

「わたし、文次郎くんも仙蔵くんも小平太くんも長次くんも留三郎くんも兵助くんも勘右衛門くんも三郎くんも雷蔵くんも三木ヱ門くんも喜八郎くんも滝夜叉丸くんもタカ丸くんも孫兵くんも作兵衛くんも三之助くんも左門くんも藤内くんも三郎次くんも久作くんも四郎兵衛くんも伝七くんも左吉くんも彦四郎くんも一平くんも怪士丸くんも平太くんも孫次郎くんもきり丸くんもしんべヱくんも庄左ヱ門くんも伊助くんも喜三太くんも金吾くんも団蔵くんも虎若くんも兵太夫くんも三治郎くんもだーいすき!」

にこにこと笑いながら彼女がそう言えば、名を呼ばれた者たちは嬉しげに頬を緩めたのでありました。みんなが好きよ、大好きよと嘯く彼女は当たり前のように側にいた八左ヱ門の腕に触れようとして、


ばちん!


「痛っ…!」
「大丈夫ですか沙織さん…!?」
「貴様、竹谷何をした…!」
「わたしは大丈夫。きっと静電気だったのよ!そうに決まってるわ!八左ヱ門くんも大丈夫?」
「はい!名前さまが守って下さいますから大丈夫です!」
「え、名前…さまって…だれ?」
「神さまですよ!」

胸を張って自慢げに言う八左ヱ門へ引き攣ったような生温い笑みを投げ掛けながら、彼女は痺れの残る腕を胸元へ引き寄せたのです。それは静電気などという生易しい衝撃ではございませんでした。まるで「触れるな」と警告をするように痛烈な痛みを伴う一撃だったのです。

「竹谷は元々可笑しな奴ですから、沙織さんが気になさる必要はありませんよ」
「でも神さまって…」
「所詮は戯言だ。仙蔵の言うように沙織が気にする必要はない。入学してからずっと繰り返している、あいつの地元で奉られている神らしいが」
「……神さまとか…うわー、マジキチ…」
「沙織さん?どうかしました?」
「いいえ、何でもないの!八左ヱ門くんにだって何か辛いことがあったのかも知れないわ。だからそんな風に言うのは止めましょう」
「沙織は優しいな!」

口先では物分かりの良いことばかりを申しながら、彼女は神さまを妄信する八左ヱ門と距離を置き、決して自ら近寄ろうとは致しませんでした。「危ねー、キチとかガチで勘弁だわ。つーか、ヤキソバのヤンデレ要員フラグ?タケメンがヤンデレるとか、マジイラネ。タケメンはタケメンらしく虫追い掛けてろし。つーかヤキソバ電波とかwwwワロタwww」とのお言葉は偶然耳にした勘右衛門の目を醒ますには十分でございました。十分に過ぎました。言葉の意味は判らなくとも、ニュアンスは伝わるものでございます。更に勘右衛門は察することに長けた忍者を目指す卵なのですから判らない筈がありません。少なくとも大切な友人が馬鹿にされたと言うことは察するまでもない事実でございました。

「と言う訳で前述沙織さんの発言に対して意見のある人は挙手をしてからお願いします」
「やだ、なにそれこわい」
「やんで…とか、ふら…とか異国語か?」
「たけめんってのは十中八九ハチのことだろうね。でんぱ…って言うのは意味が判らないけど」
「取り敢えず勘ちゃんの声真似が上手過ぎる」
「沙織さんには幻滅だわー、カワイイ顔してあの子割とやるもんだねー、と」

ぽっと出の女と、五年来の親友。どちらが大切ですかと問われれば、余程のことがない限り誰だって選ぶ方は一つでございましょう。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -