留三郎と名前


生まれ変わったら男の子になりたいって言ったことは、オーケイ認めよう。言った言った、確かに言った。ただしタイムトラベル抜きでな!と今のわたしは声を大にして伝えたい。後付け?あーあーあーあー、知らない知らない聞こえなーい。後付けだろうが先付けだろうがそんなの関係ねえんだぜ!
生まれ変わったら男の子になりたい。だって男の子は羨ましいことに暑い夏の日に上半身裸でも軽く注意される程度なのに、女の子は下着が見えたら駄目とかそれどんな差別。乳首丸見えなんですけど!ピンクなんですけど!って訴えても「男の子だから」って言われたらもう反論の余地がない。なにそれズルい。男の子もブラジャーしたら良いんだ。え?そうした性癖の人がいることは否定しないけど、ほらそう言う人たちは別に見せたい訳じゃないから。見せたい場合は別途相談要。ブラジャー透けた程度で注意される方の身にもなれってんだ。
生まれ変わったら男の子になりたい。だって男の子は面倒臭いスキンケアやお化粧しなくても良いから。最近は気を使う男の子が増えたことは知ってるけど、それでも女の子みたいにコスメ代でお小遣いが飛んでくようなことはないでしょ。それこそ夏場はウォータープルーフにしないとマスカラ滲むし。アイラインが上手に引けないと一日ヘコむし。気を抜くとファンデーションテカるし。あ、男女共にビジュアル系は除外しますので悪しからず。皮膚呼吸と言う名の身体機能を無視したあのメイクにはある種尊敬の眼差しを送りたい。あの人たちの所要時間間違いなくわたしの倍以上だもん。
だから生まれ変わったら男の子になりたい。胡坐を組んでも文句言われないし、大口開けて笑っても文句言われないし、趣味が日曜大工でも文句言われないし!ただしタイムトラベル抜きでな!大事なことなので二度言いました。

どん、と腹の辺りに鈍い衝撃。受け止めた暖かいそれを抱き上げて、井桁模様の頭巾を慣れた手つきで撫でる。可愛らしい表情でこちらを見上げる後輩に頬が緩んだ。でもぶつかったことへの注意は忘れない。

「こら、しっかり前を見ないと危ないだろ」
「はーい」
「す、すみませんっ!」
「食満先輩ごめんなさあい」
「元気なのは良いことだけどな、怪我しないように気をつけなきゃ駄目だろ?」

目線を合わせる為にとしゃがみ込んで言えば愛すべきわたしの…基、おれの後輩たちは素直に頷いてくれる。何コレ超キュートなんですけど!ちっちゃいハムスターとかウサギとか見てる気分になってくる。喜三太たんハアハアとかショタ属性はなかった筈なんだけど、こっち来てからわたしのアイデンティティ揺らぎ捲りで自信ない。まあアイデンティティどころか性別まで揺らぎやがったので多少のことには目を瞑ろう。
生まれ変わったら男の子になりたい。ええ確かに、そんなことを言った覚えなら掃いて捨てる程にある。女の癖にとか、女の子なんだからとか、そんなことを言われる度に思ってた。三白眼で何が悪いか、目付きが悪いのは生れつきじゃボケ。女の子は喧嘩しちゃいけないなんて法律はないんだから、ケリが着くまで放っておいて欲しい。多少の青痣なら許容範囲内です。そんなことを思わなかったとは言わないが。ただしタイムトラベル抜きでな!

生まれ変わったら男の子になっちゃいました。しかもタイムトラベル込みでな!

苗字名前だった筈のわたしは気付いた時にはもう食満留三郎になってた。名前からして男らしい、立派な男児でした。しかし何故か変わったのは名前程度で、外見的特徴もほぼそのままだったことは喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか大いに悩むところだ。胸のサイズも大差ないってことは、わたしのバストは元から胸筋レベルってことか!冗談じゃない!

「そう言えば食満先輩、善法寺伊作先輩が探してましたよー」
「伊作が?なんて?」
「えっと、なんだか急ぎでお願いしたいことがあるって言ってましたっ」
「そうか、じゃあ会いに行って来るかなー…作兵衛」
「はい!」
「一年生連れて先に壁の補修始めといてくれ、おれはちょっと遅れる。悪いな」
「や、そんなの全然気にしねぇで下さい…!ほら、お前ら行くぞ!」
「はーい」
「食満先輩また後でぇー」
「おう、漆喰はいつものとこに有るから気を付けて運べよー」

平太の頭を撫でて送り出してやれば可愛い後輩たちはきゃらきゃらと笑いながらわたしに手を振り駆け出した。なにあの子たち!もうマジ天使!名前に新たな属性が付加されました。この際ショタコンでも良いような気がしてきた。マジ天使!名前だったわたしが死んだ可能性とか、実は留三郎のおれは名前の前世かもとか寧ろ来世かもとか色々考えなきゃならないことだらけだけど、もうこの際全部どうでも良い。わたしあのあどけない笑顔の為なら死ねる(`・ω・´)キリッ

「…留さーん、留さーん、留三郎ー!」
「なんだどうした、ってまたか伊作」
「またって言わないで!ぼくだって態とやってる訳じゃないんだから!」
「いや流石に六年間も一緒に過ごしてりゃ態とじゃないってこと位は判るんだが」
「うん」
「で、今日はどうした」
「見て判る通りだよ」
「四年の綾部か」
「四年の綾部だよ」
「そうか、ほら掴まれ」

長屋の脇から聞こえた自分の名前に近寄れば、ぽっかりと空いた穴の中には見慣れた姿。入学してから六年間お世話になりっぱなしの同室者、善法寺伊作の土に汚れた姿がそこにあった。おやおやと肩を竦めながら引っ張り上げた伊作から土を払ってやる。全く、相変わらず不運な男だ。伊作の不運さは十五年生きた留三郎の知る内で稀に見る不運。更に名前の知る内でも見たことのない不運。天然記念物並に、あれはレアだ。…まあ苗字名前から食満留三郎になったわたし程じゃないけど。

「ありがと留さん」
「どう致しまして」

それで話って?と促せば汚れた手で顔を拭いながらわたしの様子をちらちらと窺うから伊作の顔は汚れていく一方。こんな些細なことにまで不運を発揮しなくても良いじゃないかと天の采配を嘆きつつ、十五歳はショタじゃないよね中学三年!と自分を鼓舞するわたし。推定精神年齢ウン十歳、名前の身としては譲れないラインってあると思うんだ。主に犯罪的な側面で。可愛いことに変わりはないけど、こいつら一昨年位から色の授業なんかも始まってにゃんにゃんにゃんだってことを把握してるから言える。上級生はきっとセーフ。因みにおれことわたしも一緒に習ってにゃんにゃんにゃんだったことも追記しておく。男の子すげー。保健体育の授業じゃ絶対に習わないような人体の不思議にピンポイントで詳しくなりました。主にシモの方。

「それでね、話って言うのは次の実習のことなんだけど…」
「ああ、そう言えば文次郎の野郎が最近喚いてるな。夜中にギンギンと傍迷惑なことだ」
「うん、留さんさえ良ければぼくと…その、ほら…えっと、一緒にさ…何て言うの?あの…ほんと、迷惑だったら断って貰っても全然良いんだけど…ぼ、ぼくと組まない…?」
「え、当然そのつもりなんだが」
「え」
「え」

この子の不運はおれがリカバリーしてやる!の勢いで今日まで参りましたので、今更お前の保護者役代われって言われてもわたし頷かないよ?て言うかおれ以外の誰と組むつもりが?いやいやナイナイ。もうおれたち六年だから、誰もが伊作の不運を把握してるから。おれ以外誰があの不運に太刀打ち出来ようか。

「…何だろうこのやる瀬なさ」
「まあそれも伊作の良いとこだろ」

バレンタインデーに告白する女子みたいなテンションだったことは武士の情けでなかったことにしてやろう。まあおれたち忍者なんですけど。
因みにわたしは苗字名前だった頃バレンタインデーって貰う一方だった。お姉さまと呼ばれたあの懐かしき日々!カムバックとは言わないが、今では良い思い出だ。そしてどうやら食満留三郎である今も同性に好かれ易いようだ。まあ嫌われるよりは好かれるに越したことはない。その所為なのか名前も留三郎も今まで恋人と呼べる相手がいない訳なんだけど、まあ仕方ないよね。可愛い子たちと戯れられる現状に不満などない。ははははは!

「そう言えば文次郎に誘われなかったの?」
「は?夜間鍛練か?」
「違うよ、次の実習」
「誘われる訳ないだろ。あの野郎、相変わらず人の顔見りゃ文句付けて来やがる」
「構ってちゃんだね」
「…おれ、たまに伊作は大物だと思う」
「ありがとう」
「褒めてない」

苗字名前にとって最後の記憶は眩し過ぎる程のヘッドライトとブレーキ音。推察するにやっぱり名前は死んだらしいから、留三郎は名前の来世と見て間違いなさそうだ。ただしタイムトラベル込みで。電気もガスも水道もない奇跡の時代、どうにも来世と呼ぶにはいただけない時代背景。ブレザーよりは学ラン派ですとか言ってる場合じゃなさそうなので、この際嗜好は溝に捨てることにする。
留三郎はわたしだと思えない程度に出来た男だ。わたしの所為なのか多少ショタコン染みていたりと可笑しな言動もあるが、基本的に頼りがいのあるちょっと目付きが悪いだけの男の子である。自画自賛だ。自画自賛で何が悪いか。ついでとばかりにロリコンの気配もあるが、くのたま教室の幼女たちと触れ合う機会に恵まれることは滅多にないので実害はない。わたしかつおれは紳士であり淑女たりたいので十三歳以下には手出しをしないと一人で紳士協定を定めた。言っとくけど、わたしロリでショタでもペドじゃないからね!そこ大事!だから十四歳以上に関してはノータッチ。そこからは自己責任なのでにゃんにゃんにゃん。



生まれ変わったら男の子になりたい。
本当にそんなことを言ったかどうだか今となってはもう確認の取りようもないことだけど、多分言ったんだろう。今更文句を言いたい訳じゃない。ないけど神さまなんて代物が本当にいるなら取り敢えず伝えたい。まあ色々とあった訳だが、



GJと。
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