子供が苦手なプロ忍者

兄弟というよりもそれは明らかに親子程の年齢差だった。だから兄と呼びながらもおれにとって彼は父親のような存在だった。戦で死んだ父親代わりを務めようと必死だった兄と、身体の丈夫でない母と、小さなおれの世界はそれだけで全てだった。
それだけが全てだったと言っても過言ではない。
もっと広い世界を知りなさいと兄に諭され、それに反発するように里を出たのは十二の頃だった。今にして思えば兄はおれの狭い世界を案じてくれたのだと判るが、当時のおれはそこまで頭の回るような子供ではなかったのだ。

「えー、え、と」

兄の生き方を否定するかのように安寧とは程遠い暮らしに身を置いた。夜盗の真似事をするには生き汚さを知らず、戦場に出るには世間を知らな過ぎた。
結局生き延びることが出来たのはおれを拾った一人の忍者のお陰でしかない。兄の庇護下から飛び出した癖に、別の軒下で雨を凌ぐ己を今となっては嘲笑うしかない。

「あの、えっと、その…ううう」

家族と和解をしたのはそれから五年ばかり経ってからで、疾うに死んだと思われていたおれが養父に連れられて現れた時の兄の顔は見物だった。足の有無を確認して、おれが生きていることを確認して兄はやっと泣きながら笑いながら怒ってくれた。
結局里に戻らず養父と生活を共にした結果、見よう見真似でなんとか忍者になりました。

「ええ、えと…手伝いを、だから、この…一人、ね?…ああと、え、と」

自画自賛する訳ではないけれど、忍者としてはそれなりに使えるようになったと思う。そうでなければ養父が忍務を任せる訳ないし、今のところ完遂率は十割。
それでも人間、苦手なものって存在するものだ。例えば怖いものなど何もないと豪語する剣豪が蜘蛛一匹を恐れたり、どうしても茄子が食べられなかったり、泳げなかったり、以下省略。だからおれに苦手なものがあっても良いと思うのに、養父はそれを克服させようと忍術学園へ預けやがった。
何が悲しくて三十手前の身空でと思わなくもないが、おれは養父に逆らえない。

「だ…から、うん…え、と…その…だ…、……だめだ、やっぱり駄目だ!助けて土井先生!」

くりくりとした円らな瞳がおれをじつと眺めている。少し加減を誤れば容易に折れてしまう細く頼りない首に、柔らかい内臓を守ることも出来ない筋肉の鎧。
忍術学園一年は組の生徒は良い子たちですよと土井先生は言ったが、これは無理だ。見たところ六年生相手でさえおれは実技の授業なんて出来そうにない。
臨時講師として養父に預けられた忍術学園でおれが学ぶのは忍者としての技術でも心得でもない。そんなものは養父によって叩き込まれて身体で覚えた。だからおれが涙目で学ぶのは他でもない

「どうしたんですかー、名前せんせえ?」
「あ、怪我したらわたしが治療しますから平気ですよ」
「一番に乱太郎が怪我するんじゃねえの?」
「あ、きりちゃんひどい!」
「ナメさん要りますかあ?」
「お腹減ったよう」
「こらみんな、静かにしないと名前先生のお話が聞こえないだろう!」
「そういう庄左衛門の声が一番大きいんだけどね」
「ちょっとぼく寝不足だから煩くしないで」
「徹夜したの?」
「うん、からくり触ってたらちょっとね」
「お腹減ったあ」
「名前先生授業を続けてください」
「今日のご飯なんだろうね?」
「三日前から豆腐が良いって久々知先輩が言ってたよ」
「あの人はいつもじゃんか」
「あ、でもぼく湯豆腐食べたい」
「名前先生ナメさん好きですかあ?」
「あー、おれも腹減ってきた」
「お腹減っ…ぐー」

正直に言えば、里には同じ年頃の子供なんていなかった。その所為でおれは極端に子供と接した経験がない。
それが露呈したのは兄嫁が子を産んだ後だった。抱いてみて頂戴と言われたおれは、恐る恐ると言うにも語弊があるほど慎重を期して、殿さまに金子を献上するかのように抱き上げた。
当然、おれと共に里を訪れていた養父始め兄も母も兄嫁も爆笑した。膳に乗せた味噌汁を零さず運ぶようだったと言われたが、おれにはそれ以外の方策が思い当たらなかったのだから致し方ないと思う。
持ち上げて落とせば容易に死んでしまう稚い命に接する機会など、皆無だった。養父に師事して忍者として生計を立て始めてからは目にする機会さえなかった。
いつだっておれは一番年下で世話を焼かれる立場の人間だったから、世話の焼き方なんて一つも知らない。つまりおれは子供と接することが極端に苦手だった。

「土井せんせぇえええ…!!」

差し出される蛞蝓を受け取れば良いのか払い落とせば良いのか。空腹を訴える子供に食糧を与えるべきか否か。言い争いを始めた者たちを怒れば良いのか止めれば良いのか無視をすれば良いのか。まるで判らない。
忍者は経験則が物を言う仕事だと養父はいつも訴えている。だからおれにも苦手なら慣れるまで経験すれば良いんじゃないの?と軽々しく言ってくれたが、これはそんなに生易しいものではない。

「おれ実習とか無理絶対!本当無理ですから!体術の授業とか一番絶対むり!生徒死なせちゃうから本当助けて!」
「ははは、大丈夫ですよ苗字先生。この子たちはそんなにヤワじゃありませんから多少乱暴に扱っても元気な子供たちです」
「山田先生までええええ…!!」

正直に白状しよう。
おれは手加減と言うものがこれまた極端に苦手だ。手を抜くってナニソレ美味しいの状態である。相手の力量に合わせてだとか相手の出方を窺ってという器用な真似が壊滅的に出来ない。
しかも相手はふにふにと柔らかい子供だ。これはもう体術の授業ではなく明らかな虐待、当たり所が悪ければ虐殺紛いの授業になってしまう自信がある。
蹴りで内臓破裂、突きで関節粉砕なんて冗談じゃない。

「うわあああぁああああん……!!!」
「あ、名前先生がまた逃げた」
「追い掛けろ!」
「つかまえろ!」
「名前せんせー、授業はどうするんですかあー」
「やだやだ来るなよおおおおぉぉ…!!!」
「名前せんせー!」
「追いかけっこ?」
「鬼ごっこじゃないの?」
「じゃあ名前先生を捕まえた奴の勝ちな!」
「わー!」
「ぎゃああぁあああぁあああ………!!!!!」

拝啓養父上さま
子供とは斯くも恐ろしいものであります。

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