春の雨が君に降る

黒く汚れた指の先が悴んで震えた。それを隠すように手を背中に回してから握り締めて唇を噛んだ。ただでさえ人数の少ない火薬委員に休んでいる暇はないのだ。先日、委員長の苗字先輩が一年生の二郭を膝に抱え上げて少しだけ寂しそうに笑っていた。ぼくはそれを見ていられなくて棚の陰に姿を隠したのだ。

「三郎次」

一年は組がお使いに出掛けているからと苗字先輩と二人で煙硝倉の整理に出向いたけれど、今日も久々知先輩たちの姿はない。名前を呼ばれて振り返ればそこには変わらない笑顔の苗字先輩がいた。

「休憩にしようか」
「未だ少ししか整理出来てません」
「でもおれは疲れてしまったもの。ねえ三郎次、休憩にしよう」
「…苗字、先輩がそうおっしゃるなら」
「折角三郎次と二人きりなんだから、ゆっくりしても良いとは思わない?三郎次はとても一所懸命な頑張り屋さんで、おれはいつも助かっているから、今日くらいはのんびりしよう」
「そんなこと…っ、うわ!」

ひょいと軽々抱き上げられ目を丸くしている間にぼくの身体は苗字先輩の膝に乗せられていた。火薬壷を上げ下げしていた先輩の手は冷たかったけれど、背中を預けた胸は温かかった。

「な…苗字せんぱ…!」
「仕方ないんだ、だって今日も冷えるから。それに今日は曇り空だからね」
「しかた…ない、ですか…?」
「うん、三郎次はおれの湯たんぽ代わりになってくれる優しい子だものね」
「……、はい」

いつだって苗字先輩は優しい。煤で汚れたぼくの指を手拭いで拭きながら、色々なお話をしてくださる。いつもは二郭がいるからと素直に甘えられないぼくを、これでもかと甘やかしてくれる。

「苗字先輩」
「どうした」
「今日は…夕飯をご一緒しても良いですか…?」

きょとりと首を傾げた苗字先輩は、次に笑ってぼくの頭を撫でた。ぎゅうと抱き締められて顔が赤くなるのが判ったけれど、暴れるなんて馬鹿な真似はしない。先輩はぼくを潰したりしないから、少しだけ少しだけ。

「おれが断ると思ってる?」
「先輩のご迷惑でなければ…」
「もちろん、喜んで。おれがA定食にするから、三郎次はBにして半分こしよう」

それじゃあもう少しだけ、頑張ろうかと言った苗字先輩にぼくは勢い込んで頷いたのだ。ぼくたちは寂しがりで、きっと隠すのが上手な先輩も寂しがり。二人でいたら寂しくありませんか。三人でいたらもう少しだけ寂しくありませんか。

「伊助が帰って来たら三人で団子でも食べに行こうか」
「はい、苗字先輩」



どうか、黒く汚れた指を拭ってくれる人が寂しくありませんように。

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