傍観ヒロインを返り討つ逆ハー主人公




「ようやっと見付けたぞ、名前」

あたしに手を差し延べたのは慣れた雰囲気を纏った一人の男だった。大人のようで、子供にも似た不思議な雰囲気の持ち主だった。

「こんなところまで飛んでいるとは思わなんだが、無事なようで何よりだ」
「あ…」
「さあ、共に帰ろう」

あたしはこの人を知っている。微笑みながら手を差し延べる、どこか懐かしい雰囲気の持ち主。柔らかくて温かくて、誰よりも優しいあの方に似た。

「うけもちさま…」

ぽろぽろと零れる涙を止めることが出来なくて、あたしは顔を覆った。背中で一年生の子供たちが慌てる気配を感じたけれど、声を掛ける余裕などない。だって、そうだ。あたしは、あたしは。

「お前の主は月夜見尊に斬られて絶えた。あれらを拾うのはお前の役目だろう、名前」
「あの方は…どうなさったの」
「大神に厭われた」
「…そう」

あの日嗄れるほどに叫んだ咽喉に手を当てた。裂ければ良かったのだ、こんな身などいくらでも。共に殺してくれと願えば良かった。共に果てれば良かった。それでもあたしは生きている。

「名前おねえさん…?」
「…お迎えが、来たみたい、なの」

硬い表情でそう告げれば戸惑っていた子供たちは顔を見合わせて微笑んでくれた。そうして急かされるようにして土の匂いがする手を取った。一呼吸の合間に周囲の様相は一変していた。見渡すことの出来る広大な豊葦原中国の大地。そして指先でつまみ上げる粟。

「拾え」

あたしの主さまだったもの。

「うけもちさま、うけもちさま。名前は帰って参りました、名前はここにおります。たんとお話致しましょう、聞いて頂きたいことが沢山あるのです、うけもちさま」

小さく指の合間からこぼれ落ちてしまいそうなそれを拾い集めた。あたしの主さま。頭から取り出した牛馬を男が牽くのが見えたけれど、あたしは構わず主の身体をまさぐった。粟、稗、稲、麦、大豆、小豆を左手に握り、右手に蚕を摘んだ。死してなお世界に優しいお方。

「あそこでは子供らが美味しそうにこれらを食しておりました、うけもちさま。うけもちさま、うけもちさま」



大神は喜んだ。主さまは田畑の種となり、いつかあの子らの胃袋を満たすのだ。あれは随分と先のなかつくにだったのだと教えられた。月の夜は胸が痛むけれど、あたしは今日も生きている。










あれはつかの間の夢でした。



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