06

堂島菜々子を救い、アメノサギリを倒し、イザナミを倒して特別捜査隊が活動を終えた。結局名前は一度も力を振るわず、その腕に絡み付いた蛇は何も言わなかった。イザナミと戦う後輩たちを眺めながら、名前は文字通り何もしなかった。傷付き倒れる仲間たちに庇われ、最後にはイザナミを倒した少年は前だけを向いていた。蛇はただ名前と共にあることを選んだ。

「名字先輩」

階段の踊り場で名前を呼び止めたのは花村陽介と、灰色の髪を持つ少年だった。仲間たちにリーダーと呼ばれ慕われていた彼は、この冬を越せば稲羽を出て行くのだと噂に聞いた。名前が八十稲羽高校の制服を着るのも残り僅かだが、目の前の少年も残り僅かとなった稲羽の冬を過ごしているのだ。

「三つ編みお下げの美少女と林檎ほっぺの美少女が揃い踏みで、ぼくに用事なんて珍しいね」

文化祭の黒歴史を口にして茶化す名前を真っ直ぐ見据えて少年たちは意を決したように口を開いた。場所を変えましょうと言われて名前が行き先に選んだのは誰もいない冬の屋上だった。北風の吹く屋上に出ようという奇特な生徒はおらず、正しくそこは貸し切り状態で、他人に聞かれたくない話をするには最適の場所だった。

「単刀直入に聞きます、先輩は何者ですか」
「ぼくはぼくでしかないよ。名字名前、八十稲羽高校三年、部活動は自主退部で帰宅部。アルバイトは基本的に内職。休日は引きこもり生活のインドア派。交遊関係は広いけれど、本当に友達と呼べる人間は片手で足りる程しかいない。敢えて言うなら、何の取り柄もないつまらない人間さ」

首を竦めた名前をじつと見つめながら指揮権を持つ少年はゆっくりと言葉を次いだ。最終決戦でその姿を見たのはリーダーと呼ばれる彼だけだった。遠目だったが確かにそれは八十稲羽高校の男子制服であったので二人は最終決戦後すぐにその少年を探した。後輩である巽や白鐘にも協力を仰いでようやく辿り着いたのが、三年の名字名前だった。校内で会った覚えがないのも三年生なら頷ける話で、調べてみれば彼は既に就職先を決めており自由登校扱いになっていた

「何の取り柄もない人間は、黄泉比良坂なんて場所に縁もないでしょう?」

立っていることさえも困難を窮めた圧倒的なプレッシャーの中で、ただ一人左腕に蛇を絡ませ立っていた名前は、異質だった。そうして思い当たったのは昨夜のことだった。名字名前もペルソナ使いなのではないか?全ての辻褄を合わせるにはそれしか思い当たらなかったのもまた事実だった。黄泉比良坂に立ち、イザナミによる攻撃の余波にたじろぎもせず、ただそこにいた。それが彼の持つペルソナの能力だとしたら?

「それで、一体なにを聞きたいの」
「先輩はどうして何もしなかったんですか」

聞きたいことはそれだけだった。あの時、目の前で仲間たちが倒れていく絶望の中で、なぜただ見ていたのか。若し名前が加勢してくれたとしたら、傷付かずに済んだかも知れない。そう思えば問わずにはいられなかった。なぜなにもしなかったのかと。真剣な表情で問う花村陽介を眺めて、名前はくすくすと声を立てて笑った。

「嫌だなあ、確かにぼくはペルソナを連れているよ。どんな答えを期待しているのか知らないけれど、戦いたくないから戦わないことを選択しただけ。それを責められる謂れはない」
「なんで!」

力があるのに振るわないのかと問われた名前は首を傾げながら笑った。どうして戦わなければいけないの?それは花村陽介の戦いを否定する言葉であり、彼ら特別捜査隊の活動を否定する言葉だった。

理由なんてひとつきりしかない。



「だって小西は死んでしまったもの」



他者と争うことには多大な労力と気力を要する。だからこそ争いには目的が必須とされている。それは誰かを守るための戦い然り、何かを得るための戦い然りである。何も求めないなら争いなど起こる筈もない。領土を求めての争い、自由を求めての争い、愛するものを守るための争い、領土を守るための争い、規律を守るための争い、正義を守るための争い、金銭を求めての争い、誇りを守るための争い、見返りにも似た目的があるからこそ人は争い続けるのだ。冷めた笑みを浮かべた名前は世界を守った少年たちを睥睨した。争う理由などなかった。誰にも救われずに逝ってしまった少女を残して過ぎ行く季節を眺めている。

「お疲れさま、そしてさようなら。どんなにハッピーエンドを装った所で、死者は帰って来ないけれど」

冬が過ぎて春が来たなら、もう会うこともないだろうねと言って踵を返した名前の腕で、一匹の蛇が笑ったような気がした。





翼持つ蛇(かみさま)の依怙贔屓



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -