02

それからマヨナカテレビの噂が広まり、連続殺人事件が起こり、稲羽市は騒がしくなった。けれど名前の日常はなにも変化することがなかった。朝食を食べ、昼食を食べ、気が向いたなら登校し、屋上で昼寝をし、夕食を食べ、就寝する。既に就職先が決まっている高校三年生が行わなければならないことはそんなに多くはない。敢えて言うなら高校時代の思い出を作るための時間だったが名前は変わりない日常を愛した。八十神高等学校の制服に身を包み、校門を潜れば赤本を手にした友人たちが群がって来る。この現象をセラピーと呼んだのは同じクラスの小西早紀だった。名字の側にいると、なんか心が安らぐ気がする、勉強がはかどる気がすると照れたように話していた彼女はもういない。

「これおまえが作ったのか!?マジで美味い!」

青空を眺めながらぼんやりとしていたら眠っていたようだった。給水タンクの上で昼寝をしている名前を起こしに来るのは小西早紀だった。恥ずかしそうにスカートを押さえながらタンクへと上がり、時にはやわらかな膝枕まで名前に提供してくれた。優しい少女だったと名前は記憶している。けれど彼女はもういない。だから誰も名前の居場所を知らない、誰も起こしに来てはくれない。ぼんやりと再び睡魔に襲われながら視線を落とせば、二人の男子生徒が昼食を摂っている最中のようだった。一人は小西早紀のバイト先の息子で後輩の花村陽介、もう一人は見覚えがない。あまり芳しくない名前の記憶力では不安が残るが、確かに知らない生徒だった。そうして彼を眺めていると不思議な感覚を覚えた。近寄るべきではない。それは正しい意味で、神の啓示だった。

「小西、もっかい寝るよ。気が向いたら、放課後のチャイムで起こして…」

大きく欠伸をしながら再び身体をタンクの上に横たえ、名前はもういない彼女を呼んだ。仕方ないわねえ、特別なんだからねと唇を尖らせる小西早紀はそれでも時間通りに起こしてくれた。放課後のバイトがない時には二人で寄り道をして帰ったこともある。そんなとき、小西早紀は本当に嬉しそうに笑った。その表情を忘れないように名前は記憶に鍵を掛けた。彼女は永遠に美しいまま、名前のなかに留まり続ける。

「んん、こにし…?」

早く起きないと置いてくよと言われて目を覚ました。いつもそうだった。寝汚い名前を起こすのは辛辣な言葉で、けれどいつだって覚醒するまで待っていてくれる優しい少女。天城雪子みたいな黒髪に憧れると言っていた彼女の髪は色素の薄い天然パーマで、いつもふわふわと左右に揺れていた。名前が夕日に透けるその髪のことを好きだと言った時には照れながらありがとうと返してくれた。小西早紀はやさしい。

「ごめんね小西、でもありがとう」

夢の中で揺すられた手は確かに彼女のものだった。小西早紀は名字名前のなかで永遠に生き続ける。夕日に透ける髪も、照れた笑顔も、意地悪な言葉も、すべて大事に保管し続ける。名前のなかで、小西早紀は二度目の死を迎えない。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -