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彼らが出会ったのは人気のない深夜の映画館だった。コンタクトレンズの上から伊達眼鏡を装着した名前は貸し切り状態の映画館に不満も不平もなく中央部分の座席へと腰掛けた。高校三年生の身でありながら早々に受験戦争からの脱却を果たした名前は既に就職先を決めており、大学受験を控えた友人たちとは一線を画していた。つまりとても暇を持て余していたのである。

「其は吾、吾は其」

時折友人たちから送られてくる恨み言のメールを受け取り、受け流し、そうして日々は過ぎていくものだと過信していた名前にとって、映画館での邂逅はまるで予期せぬものだった。だが友人曰く変わり者として有名だった名前は、突然目の前に現れた透明なものを左手で掴んだ。掴んでみればそれは大きく長い蛇であることが判った。ぎゅむりと掴まれた蛇は驚いたように名前の顔を凝視し、次いで何かを理解したようにひとつ頷いた。

「悪いのだけれど、そこに立たれると魔法少年テオの活躍が見えない」

済まないねと言いながら名前は掴んだ蛇を隣の座席へと移動させた。その間も視線は画面から振れない。そうして途中入場者である蛇に向かって映画の説明を始めた。この映画は三部作の三部目であり、彼は一部で登場した魔法少女エリザベスの熱狂的なファンであること。三部の主役は一部に登場したエリザベスと二部に登場したマーガレットの弟であり、姉たちには劣るが女性からの人気は高いこと。そうして巨悪上司であるイゴールに給料アップの戦いを挑んでおり、最終戦争である三部には二人の姉が登場する可能性が高いこと。蛇は名前の言葉をじつと聞いており、画面ではなく名前の顔をじつと見つめていた。

「あ!予想通りだよ、ほら、あれがぼくの一番好きなエリザベスで、あっちが姉のマーガレット。やっぱり弟のピンチには姉が助けに来るものだね!」

嬉しそうに笑いはしゃぐ名前を見つめたまま、蛇は嬉しそうにまた頷いた。画面の中では金髪の姉弟が鼻の長い男と給与明細を片手に戦っている。ちらりと画面を一瞥した蛇は、大人しく座席の上でとぐろを巻き、待ちの体勢に入った。名前の楽しみを奪うつもりは毛頭なく、蛇は彼と時間を共有することを選んだのだ。

「ああ、面白かった。やはりマーガレットは強いね、流石は長女だ。うん、ぼくはエリザベスが見られて満足だよ。君はどちら派?最近はマーガレット派が強くて…ああ、ぼくだってマーガレットのことは好きだよ。ただ彼女よりもエリザベスの方が好きなだけで」

暗い夜道を歩きながら名前は左側へと視線を投げ掛けながら言葉を次いだ。若し彼の友人がその光景を目にすれば、頭がイカレたと思っただろう。名前の左隣りには誰も歩いていなかった。名前が延々と映画の感想を述べているのは彼の左腕に巻き付いた長い蛇に向けてだったのだ。言葉に時折頷いてみせる蛇を名前が訝しむ様子は僅かにもない。まるで当然のように蛇へ話し掛け、また蛇も当然のように首肯で答えていた。

「ああ、やっぱり趣味の合う存在は掛け替えないね。友情って素晴らしい。そういえばぼくは未だ君の名前を聞いていないのだけれど。あ、ぼくも自己紹介が未だだったね。名字名前。君とはソウルメイトになれそうだからね、是非とも名前で呼んで貰えると嬉しいな」

その言葉に蛇が頷き、嬉しそうに名前の肩を一舐めすると落ち着いた青年の声が聞こえた。それは散り始めた桜の花びらを揺らしもせず、空気さえ振動させずに名前へ届けられた。そうして聞き慣れない名前を口の中で転がして、名前は笑った。聞いたことのない名だったが、まるで原始から知っているようにその名前は名前の魂に刻まれていた。だからこそ、蛇を恐れる心はなかった。

「そう、とても良い名前だね。それにとっても良い声だ。美声はね、それだけで価値があるんだよ。アニメーションに息を吹き込むことが出来るのは声だけだもの。君の声はとても心地好い。うん、流石はぼくの友達だ」

街灯に照らされた夜道を一人歩きながら名前は左腕を眺めながら笑った。蛇は嬉しそうにしゅるりと舌を出して感情を伝えた。帰宅途中だった上原小夜子は遠目に少年を見て首を傾げた。あの子供は一人でなにを笑っているのだろうか。少年の左腕には、なにも見えなかった。



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