あいしてる。
あいしてる。
あいしてる。
愛されているあたしはあいつを愛してる。
愛されているあいつはあたしを愛してる。
あいしてるのは当然で、あいされているのは当たり前。あいしてるのは当たり前で、あいされているのは当然だ。
あたしはあいしてる、あたしはあいされている。あいつはあいされている、あいつはあいしてる。あたしはあいつのもので、あいつはあたしのものだ。それは譲れないし譲らない。変われないし変わらない。
あいしてる。この言葉が二人だけの免罪符だった。



あたしとあいつは生まれた時から一緒にいる幼馴染みってやつだ。だから死ぬまで一緒なんて気持ちの悪いことを言ったりはしないけれど、側にいないと違和感を感じるくらいには互いを必要としている。今更独り立ちとか言われたってあたしに生きていく術なんてないし、あいつにだって無理な相談だろう。一時期離れたこともあったけれど、やっぱり駄目だと再認識するだけだった。その間にあいつはヒーローになって、あたしはニートになった。明暗くっきり分かれて尚、あたしたちは互いを必要にした。あたしたちは生まれてから今日まで二人で生きてきた。だからきっと気味が悪くても死ぬまで二人は一緒なんだろう。

「名前、ただいま」
「お帰りなさいイワン。夕食は摂ったの?未だなら準備するけど、どうする?」
「うん、…食べる」
「それじゃあ先にシャワーを浴びていらっしゃい。その間に温め直してしまうから」
「…うん、あの、ありがと」

ふらふらとした足取りでバスルームへ向かうイワンの背中を暫く見詰めたあたしは冷蔵庫の中から作り置きしてあったシチューのタッパーウェアを取り出して、中身を全て鍋に放り込んだ。最近のイワンはとても疲れている。それこそ廊下で眠っていたことだって一度や二度では足りない。その度にあたしは無理矢理起こすことをせず、寄り添う。ナイトウェアに着替えもせずにイワンがもたもたとブーツを脱いでベッドに上がるなら、寂しがりのイワンが起きた時に寂しくないように同じベッドで眠るのと同じように。まるで恋人同士みたいじゃないかと自嘲することもあるが、あたしたちの間に性的興奮の兆候は見られない。ただ寄り添っていることに安堵して眠るだけ。

「あの、名前…上がったよ」
「こっちも温め終わったところ。でも食べる前に髪を拭かせて頂戴ね」
「あっ、えっと…ごめん」
「良いの。あたしがイワンの髪を拭いてあげたいんだもの。さあ座って、目を閉じて」
「…ん」

イワンは男の癖に整った容貌をしている。長い睫毛に薄いピンクの唇、白い肌はきめ細かくて触れば弾力と共に仄かな体温をあたしに伝えてくれる。羨ましくはない。だってこれはあたしのものだ。他人のものを羨むことはあっても自分のものを羨む馬鹿はいない。ドライヤーとタオルで水分を飛ばしながらイワンの癖毛を整えてやるのがあたしは好きだ。素直にあたしの言うことを聞いて、無防備に身体を差し出してくれる。そんな彼に感じるのは性的な欲望ではなく明らかな安堵。それは家族に感じる感情にも似て。

「今日も、ね。ちゃんと、見切れたんだ」
「そう、お疲れさま」
「それから、前に名前が読みたがってた本、会社の方で手に入るかもって…」
「本当に?絶版になってから時間も経ってるから、ダメだと思ってたのに…」
「うん、楽しみだね。…名前は?ぼくがいない間、何してた?」
「昨日と変わらないわ。あたしの話なんて代わり映えしなくて詰まらないでしょう?」
「そんなこと!そんなことないよ!そんなことないから、聞かせて…お願い」

必死の形相で振り返ってあたしの腕を掴んだイワンはまるで懇願するように訴えた。本当に変わりない日々を過ごしているあたしの話なんて詰まらないに決まっているのに、毎日イワンはあたしに縋る。変わらない話が聞きたいのだ。昨日と変わることのない今日、昨日と変わることのないあたしを確認しないと彼は安心することが出来ないのだろう。だからあたしは予定調和のような話を繰り返す。それで彼が上手く息を吐けるなら、何も問題などない。

「メールを確認して、宅配サービスで買い物を済ませて、後はいつもの通りに本を読んで食事を作って、そうしたらイワンが帰ってきたわ」
「変なこととか、変な人とか…来たりしなかった?」
「ここにイワン以外の人が?宅配業者以外見た覚えがないけれど…」
「あっ、なら、なら良いんだ!うん、それなら…」
「そう?」

ぴょこぴょこと跳ねるイワンの髪を撫で付け終えたあたしが立ち上がると当たり前のようにして後をついて来る。温めたシチューを皿に分けて、食事の支度をする間も視線は一瞬だってブレない。これを愛と解くのか執着と呼ぶのかあたしには判らないけれど、一般受けしない感情だってことは知っている。あたしたちはきっと普通じゃない。

「ね、名前」
「ん?」
「ずっと一緒にいてね」

スプーンを美味しそうに口へと運ぶイワンが不意に言った一言にあたしは僅かな動揺を殺した。無意識なのか上目遣いでこちらの様子をちらちらと窺いつつ食事を続けるイワンに常とは異なる違和感はない。自分の言っていることの意味を理解していないのか、彼は時折こうして核心を突く。それは彼の罪でもあり、同時にあたしの罪だ。

「イワン」

子供染みた独占欲なんて言葉で表せる程度は疾うに過ぎ去って、ここにあるのは只管に相手を意のままにしようと言う汚らわしい感情ばかり。
あたしが居なきゃダメでしょう?あたしを愛しているでしょう?あたしに愛して欲しいでしょう?判るわ、あたしが死んだら一緒に死にたいんでしょう?判るわ。だってあたしも同じだもの。



「あいしてるわ」



家族愛と共依存が合わさってぐちゃぐちゃになってどろどろに溶けてそうして固まった。一度溶けたアイスクリームを固めたって同じものには戻らないのと同じように、あたしもイワンもぐちゃぐちゃのどろどろだ。イワンの全部はあたしのもので、あたしの全部はイワンのもの。どこにも行かないと約束して、誰のものにもならないと約束して、あたしのことだけ考えて、あたしのことだけ好きになって愛して愛して愛して。嬉しそうに顔を綻ばせたイワンも笑うあたしもぐちゃぐちゃのどろどろ。ほら、この感情はちっとも綺麗なんかじゃない。



左の足首に嵌められた銀色の鎖が、あたしとあいつを鈍く繋いでいる。



束縛したいあたしと監禁したいあいつのはなし



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