南天


一番最初に倒れたのはあたしだった。
同学年のくのたまたちと比べても小柄なあたしの身体は容量があんまり多くはなかったみたいで、皆と同じだけの食事を摂っていたのに許容量の少なさから、あたしが一番に倒れた。
保健委員の先輩は心配そうに見舞ってくれて、作法委員の先輩は粥を持って来てくれた。あったかいそれを少しずつ冷ましながら食べる。倒れても毒を盛り続けるあたしたちは多分、間違ってる。それでもあたしは匙を止めない。美味しい、毒粥。天女さまが先か、あたしが先か。これは正々堂々とした勝負なのだと先輩が言った。

「名前ちゃん、入るよ?」
「はあい」

八の字に眉毛を下げた情けない顔の男があたしの部屋に入ってきた。髪結いの息子で、年はあたしより二つも上な癖に同じ学年の不思議な男。食満先輩と同い年だなんて、嘘みたい。
あたしが倒れた際に絡んだ髪を切ってくれたのは彼だと聞いた。長くて黒くて綺麗な髪だったのに勿体なかったねと言った友人に、あたしは本望だと返した。だってあたしの髪を切ったのは彼だったのだもの。

あたしの未練を切ったのは、彼だったのだもの。

「髪の毛、どう?可笑しくない?」
「可笑しなこと言うタカ丸さん。普通こういう時は、体調を心配するものではないかしら?」
「ああっ、そうだった!ええと、気分は悪くない?」
「ええ、平気。タカ丸さんに切って頂いた髪も、軽くて良いわ。丁度切ろうと思っていたの」
「勿体ないなあ。自分で切っておきながら言うのも何だけれど、とても綺麗で羨ましいなあっていつも思っていたのに」

そうよ。だって見て欲しかったのだもの。その為だけに手入れを欠かさず伸ばしたの。綺麗だったでしょう?あなたはいつも立花先輩や平の髪を吐息混じりに見ていたものね。あたし知っているのよ。綺麗な髪を梳くあなたの顔がいつだって幸せそうなこと。知っていたの。





それは呆気ない幕切れだった。

天女さまが死んだ。
その報せをあたしが受けたのは床の上で、教えてくれた同級生はこれから後輩たちを連れて学園を逃げる手筈だった。あたしの手を握った彼女は何かを言おうとして口を噤み、そうしてただ一言お疲れさまと言って部屋を後にした。
もう起き上がることさえ出来ないあたしは皆のように後輩たちを逃がすことさえ出来はしない。好いた男を連れて逝くことさえ出来そうにない。
それでも満足だった。あたしたちは一人も欠けることなくこの吉日を迎え、天女さまはもういない。これ以上の餞などあるだろうか。

あたしたちは天女さまに勝ったのだ。

それだけで十分だった。だからあたしは枕元に潜ませていた刀を手に取ることにした。指先が震えて上手く掴むことが出来なかったけれど、無理矢理に胸元へ引き寄せた。あの日、彼があたしの髪を切った日に買った短刀。
短くなった髪を自分の手で撫で、我ながら馬鹿馬鹿しいことだと自嘲した。他の誰よりあたしの理由は馬鹿みたいだ。

髪を切られたから殺してしまおうだなんて。

「ようこそタカ丸さん、女性の部屋を訪うには少々荒過ぎはしません?」
「名前…ちゃん…!」

息も絶え絶えに部屋へ転がり込んで来た男はあたしの顔を見るなり眉をへにゃりと八の字に下げ、安堵したように捲し立てた。
天女さまがお亡くなりになったとか、くのたまたちが突然襲い掛かって来ただとか、くのたま長屋がもぬけの殻だとか、既に何人もの人間が死んでしまったとか、後輩たちを連れて逃げた一団を鉢屋先輩方が追っているとか。

「タカ丸さんはご存知ないの?」
「何を?」
「天女さまを殺したのはあたしたちくのたまで、もうあたしもタカ丸さんも長くはないのよ」
「へ…ぁ、え?」
「毒を、盛ったの」
「え?ええ?名前ちゃん、何…言ってるの?」
「言った通り、何も難しいことなんてないじゃない。あたしたちが、殺したの」

知っていますか?綺麗だと褒めてくれた長い髪はあたしの恋心そのものでした。知っていますか?その髪を梳いて貰うだけで、結って貰うだけであたしは幸せでした。知っていますか?あたしの髪が褒められる度に、あたしの恋心を認めて貰っているようで幸せでした。

あの日、偶然に絡んだあたしと天女さまの髪。
片方だけが切られた時に、あたしの未練は死にました。



そんなのは、誰も知らなくて良いことだけれど。



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