鬼灯


図書室の隅で沢山の書物を整理している姿に憧れた。とても綺麗に補修された書物は新品同然に見えて、先輩は凄いですねと言えば照れたように頬を掻いてそんなことはないよと笑ってくれた。思えばぼくはその表情に恋をしたのだ。
最上級生だからか多くの知識を有していて、多くの技術も有していて、ぼくは憧れと同時に恋心を育てました。男のように思い切りの良い性格の所為か、男勝りと呼ばれていたけれどぼくだけは知っている。名字先輩は優しくて温かくて繊細な女の子らしい女の子なんだ。手首だってぼくよりずっと細くて、力だってぼくの方がずっと強かった。

天女さまが学園にやって来て、ぼくは直ぐ夢中になった。あの細くて白くて弱い生き物は、ぼくの中にある先輩と重なったから。助けてあげなければ、手伝ってあげなければ。

気付いたら、ぼくらの隣ではいつも天女さまが笑っていた。



「名字先輩?」
「ああ、不破。久方振りだね、どうかしたの?」
「ええと、授業で判らない問題があったので中在家先輩に聞こうかと思ったんですが…お出かけ中みたいですね」
「どれ、わたしで判るようなものなら教えてやろうか?」
「良いんですか!?」
「勿論、可愛い後輩のためだもの」

そう言って微笑んだ先輩は台の上に積み上げられていた大量の書物を脇へ除け、ぼくのためにと空けてくれた。久し振りに会ったにも関わらず先輩は優しくて、ぼくは嬉しくなって喋り続けた。今日の当番は名字先輩らしく、委員長の姿がないのを良いことに喋り続けるぼくを、にこにこしながら先輩は眺めていた。
久し振りのそんな時間にぼくは浮かれていたのだと今更思う。先輩の脇に除けられた書物が、どれも同じようなものを取り扱った専門書だったことに違和感を抱かなかったのだから。

「先輩も調べ物ですか?」
「うん、少し判らないことがあってね。万全を期してこそくのたまだろう?」
「勤勉ですね、ぼくも見習わなくちゃ」
「そんなことないさ。不破は不破らしく励めば良い」

そう言って名字先輩は色々な薬草が図解で記されている書物を丸めた。片付けるのだろうかと思い手伝いを申し出ると、嬉しそうに笑ってくれたのでぼくは更に嬉しくなった。ぼくは天女さまも好きだったけれど、名字先輩のことも大好きだったのだ。
山のような書物を抱えて、ふと見れば古今東西の毒草を集めた書物も含まれていたので目を瞠った。どうしてこんなものをと問うたぼくに先輩は笑みを崩さず、毒草も用途さえ誤らなければ薬草となるのだと教えてくれた。やっぱり名字先輩はぼくの知らない多くのことを知っている。





「せんぱ、い」
「お前の相手はわたしだよ、不破」

天女さまと呼ばれた人が死んだのは今朝のことだった。ぼくはそれを三郎から聞いて、愕然とした。
最近は体調を崩しているようだったけれど、先輩が流行り風邪だろうと咳込みながら言ったのでそれを信じていた。だから身体が怠いのも風邪の引きはじめだろうと甘く見ていた。風邪が流行っているって?この忍術学園で?鍛え抜かれた身体を持つ潮江先輩も?体調管理に人一倍気を使う善法寺先輩も?嗚呼、そんなことある筈もないのに。

「くのたまが、天女さまを…その。殺した、んですか?」
「そう。あの人がわたしたちの邪魔になったから、殺してしまった」

否定して欲しかった。いつもの笑顔で不破は相変わらず馬鹿のような勘違いをしているよと諭して欲しかった。それなのに名字先輩は微笑んだまま、ぼくの言葉を肯定してしまった。

嘘だと言ってください。
嘘だと言ってください。
嘘だと言ってください。

「あの人は、わたしたちの大切なものを奪って行ったから。どうにも許せそうになかったんだよ」

嘘嘘嘘。だって名字先輩は誰よりも優しくて強くて僕の憧れで初恋で。小さく咳込んだ僕の咽喉から赤い塊が吐き出され、赤色の唇を悲しげに歪めた名字先輩は皮肉気に笑った。嘘だ嘘だ嘘だ。いつか敵対することがあったとしても、それは今じゃない。いつかの未来であって、今であって良い筈がない。

「不破にも判るだろう?」
「何…言ってるんですか」
「わたしは天女さまを殺してしまった。ほら、憎いだろう?不破の大事な人を殺してしまった。ほら殺したいだろう?…だから、わたしたちは殺してしまった」
「そんな…っ!」
「だから、不破にはわたしを殺す権利がある。さ、一思いにやっておくれ」

何を言っているんですか!だとか。
そんなこと絶対に出来ない!とか。
先輩、違うんです違うんです違う!
言いたいことは沢山あるのに、口からはなんでどうしての疑問符しか出なかった。こんな時まで何と言ったら良いのかと悩む自分自身を心底殴ってやりたいと思った。

違うんです。

ぼくの大切な人を殺してしまったからぼくに討たれると言うなら違うんです。そんなのは違うんです。確かにぼくは天女さまに恋をしたのかも知れません。でも違うんです。違うんです。だってぼくが大切に思っているのは。守りたかったのは

「…名字、先輩…」
「あんまり迷っている時間はないよ。わたしが選んであの子が作った毒だから、きっともうお互いに長くはない」
「…っ」
「不破」
「どうして、こんなこと…!」
「理由なんて大層なものがある訳じゃ、ないよ。ただ悔しかったのさ、わたしたちは」
「何、が…、何がそんなにも名字先輩を駆り立てたんですか…」
「何だと思う?」

そう言って笑った名字先輩の笑顔は、いつもと変わりなく見えたのに。



明日が来ないことをぼくはもう知っている。



偽り


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