紅黄草

立ち開かった女の姿を目の当たりにした途端、情けない話だが足が竦んだ。

言い訳をしよう。

眼光が見たこともないほど鋭かった。手に慣れない得物を携えていた。そして何より纏う気配が殺気に満ちていた。そのどれもが陳腐でおれは自嘲することしか出来なかった。こんなものは所詮言い訳に過ぎない。おれたちは殺し合いなど望んではいない。おれたちが望むのはただ話し合いであり、この凶行に至った理由だけを知りたいのだ。天女を毒殺し、忍たまに毒を盛り、自らも毒を食したその理由を知りたかった。

「委員長、ここで死んだら良いと思います」
「…相変わらず言っている意味がまるで判らんが、死ねと言うならおれは断るぞ。名前」
「まあどっちみちあたしも委員長も長くはないんで、どっちでも良いですけど。あたし的にはきちんと自分の手で討ち取りたいと思うんで、是非」
「何が是非だ、このばかたれ。冷静に自分の発言を振り返ってみろ」
「あたしはいつでも冷静に決まってます。算盤弾く奴が冷静じゃなかったら誰が冷静になるんですか。あたしは冷静沈着に潮江委員長を手に掛けたいと思ってるんで、見当外れなこと言わないでくださいよ」
「更に質が悪いわ」

日常と変わらない会話を繰り広げながらも名前が構えた得物の切尖はおれの首筋を寸分の狂いなく狙い澄ましている。賢い後輩だった。一度教えたことは器用に飲み込み失敗さえも己の糧とする出来た女だった。惚けたような言動の裏側で、実力に見合う努力を惜しまない可愛い後輩だった。面倒臭いと口癖のように繰り返しながら委員会活動に遅刻欠席したことは一度たりともなく、口先では逆らうようなことを言いながら一度だって指示に背いたことはなかった。

「委員長は無駄に頭イイんで気付いてるとは思いますけど、一応告白しときます。あたし、今回の計画には全面的に荷担してるんで討つのに躊躇は要らないんじゃないですか」
「…ではおれも無駄な問答は避けよう。何が目的だったかだけ答えろ、名前」
「何言ってんですか、それこそ委員長はよく御存知でしょうに。こんな穴だらけで笊な計画、考えるまでもない。自滅覚悟の特攻。それ以外の何物でもないでしょう、自分で言うのも馬鹿馬鹿しい上に忍者らしくはありませんけど」
「お前が立てた計画だろうが」
「そうですよ。紛れもなくこの名字名前が謀りました。少し考えれば一年生にだって判る間抜けな、謀略とも計略とも呼べない計画ですが。必要なのは一度始めたら止めることの出来ない覚悟と意志だけ。お手軽過ぎて笑えますね、これで本気だって言うんですよ、あたしたち」

頭の良い後輩は無駄なことはしない。無駄に反抗もしなければ無駄に騒ぎ立てもしない。だからあの時も無駄に泣き喚くこともなく一度だけ頷いて容易に踵を返したではないか。惜しげな顔も見せず、悲しみさえ覚らせず、たた一言だけ残してあっさりと。こちらが驚くほど簡単に身を退いて見せたではないか。

そうですか、じゃあお幸せに。

天女に惚れたと口にした恋人との別れをあっさりと認め、翌日からおれたちの関係はただの先輩後輩に戻った。そこには僅かな諍いもなく、今にして思えば可笑しな話だ。名前には責める権利も詰る権利もあったのに、何も言わずに元の関係に戻るだなんてそんなこと。けれどその時のおれは相手の気持ちなど欠片も考えず天女に夢中だったのだ。

「分量決めるのもあたしだったんで、大体想定の範囲内ですね。まあ予想より三日ほど早く終わったんですけど」
「おれが聞きたいのはそう言うことじゃないと判った上で、はぐらかしてんのか」
「心外です。あたし傷付いたんで死んでください」
「どうしたっておれにはお前が今回の件に絡む理由が判らん」
「そんなんだから潮江委員長は天女さまに女心が判らん唐変木って言われるんじゃないですか、あれは言い得て妙でした」
「うるせえ」
「…あたしと同室の、委員長もよく知ってる火薬委員のあの子。天女さまに男を誑かされて悔しい悔しいって泣くんですもん」
「同情で手を貸した訳でもねえだろ。おれの知ってる名字名前って女はそんな無駄な真似を進んでやるような奴じゃない」
「あら嫌だ。そんな風にあたしのこと何でも知ってるようなこと言う。まあ当たってるんですけど」

会話を続けながらも手にした刃も視線もぶれずに一点を見据えている。明朝天女が死んだと聞いた瞬間、混乱した頭が一番に浮かべた女の顔が今こうして目の前にあると言うのに。あの日別れを告げたおれは誰よりも謝罪が受け入れられないことを知っている。

「でも委員長知らないから」

夢のようだった。薄らぼんやりとした意識の向こう側で見知らぬ女の手を引いて顔を赤らめる自分の姿を、まるで他人事のように眺めていた。夢の中でおれはそれがとても幸せなことのようにはにかんでいたのだ。何故おれは見知らぬ女の手を引いているのか。名前はどこにいるのか。本当に夢を見ているようだった。

「同情じゃないです。あたしはあたしの意志で荷担して、あたしの意志で委員長と向き合ってるんですよ」
「おれが、何を知らないって…」
「あたしのこと。あたしが何で今回の件に荷担したのか、委員長には絶対に判んないです」

天女が死んだと聞いた瞬間、夢から覚めるように意識が切り替わるのを感じた。それでも夢の中で起こした行動が全て現実だと理解している自分がいた。どうして名前と別れようと思ったのか、どうして天女を好きになったのかが判らない。夢は夢ではなかったのだと察しても尚、何故どうしての思いは消えない。けれど現実は残酷に切尖を向けている。

「あたし、天女さまを殺しちゃいたいと思う程度には委員長のこと好きだったみたいで」

その言葉を嬉しいと思ってしまうおれこそ本物のバカタレであることは間違いなさそうだ。



嫉妬


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