きらい×3


本当ならぼくが請け負う筈の忍務でした。へらへらと笑う名前がぼくの手から奪った忍務でした。ぼくは忍務の内容を知りませんでした。

「よう三反田数馬、シケた面しやがって」
「名字、名前…」

乾いた声で笑った名前の口から赤い水が溢れて、それを止める手段を持たないぼくはただ見ていることしか出来ませんでした。不衛生な地下牢に放置されていた所為で汚れた身体を気にもせずに名前はいつもの調子でカカカと笑った。

「ラッキー、生きてる内に会えるとは思わんかったぜ」
「恨み言でもあるの」
「恨み言じゃねえけど、おまえに言いたいことならある」

ぼくと名前は忍術学園に通っていた頃からの不仲だ。藤内に言わせれば些細なことで名前はぼくを揶揄ったし、ぼくはそんな名前のことが嫌いだった。蛸壺に落ちた同級生に向かって「やーい不運」と呼びかける奴と仲良くなんて出来る訳ない。

「おいおい、何想像してンのか知らんがもう少しマシな面しろよ」
「元々こんな顔だよ」
「かかかか!そいつは失礼したね。まあ、今にも泣きそうな面で正視されてるおれの身にもなれよ。面白くも何ともない」
「名前を笑わせようとしてる訳じゃないもの」
「そうかいそうかい、じゃあその顔でも仕方ねえなあ不細工」
「五月蠅いよ、死ぬときくらい黙れないの」

死間だった。それを聞いたのは名前がぼくに与えられた忍務に赴いた三日目の朝になってからだった。おまえにゃ無理に決まってると笑って指示書を奪った名前がそのことを知っていたのか知らなかったのか、ぼくには判らない。

「不細工こっち向け」
「嫌だよ、どうしてぼくが名前の言うことを聞かなきゃならないの」
「良いから向けよ。もう長くねえんだから、はやく」

同じ城の登用試験を受けたことを知ったのは採用が決まった後だった。さいあくだと嘆いたぼくに作兵衛は良かったなあと笑った。名前とぼくの不仲を誰も知らない。
真っ黒な目がきらい、薄い唇がきらい、短く揃えられた朽葉色の髪がきらい、少し高めの声がきらい、綺麗に磨かれた爪がきらい、薄いけれどきちんと筋肉のついた身体がきらい、きらいきらいきらい。全部全部だいきらい。

「……きらい」
「良いから黙ってこっち向けって、不細工」
「不細工って呼ぶな、名前なんてきらいだ。きらいきらい、大っ嫌い!」
「はいはい判ったからこっち向け、そんで、おれを見ろ」

きらいきらいきらい、名前なんて大嫌い。ぼくを一番に笑うくせに、いつだってぼくを助けるのは名前の手だった。そんな所も全部きらい、きらいきらいきらい。

「かかか!不細工数馬」
「うるさい」
「鼻ぺちゃ」
「うるさい」
「ぶちゃいく」
「うるさい」
「ちーび」
「うるさい、黙って!」
「かかかかか!」

本当ならぼくが行く筈の忍務でした。
本当ならぼくが死ぬ筈の忍務でした。

「黙らせてみろよ、数馬」
「ぼくが余計なことをしなくても、時間が君を黙らせてくれるよ」
「かか!違いない!」

真っ黒に光る目がきらい、紫色の薄い唇がきらい、泥に塗れた朽葉色の髪がきらい、嗄れた声がきらい、割れて剥がれた爪がきらい、縄の跡が残る打撲傷だらけの身体がきらい。きらいきらい、名前なんてだいきらい。

「なあ三反田数馬」
「うるさいよ、名字名前」
「おれはおまえのこと、嫌いじゃなかったぜ」

こうして遺されたぼくが不運でないと言えるのでしょうか。



きらいきらいきらい。
本当は少しだけ、…いいえ何でもありませんでした。

きらいきらいきらい、だいきらい。


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